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2つのシリーズのオマージュ

 かつて、集英社刊行のコバルトシリーズ文庫で”富島健夫さんのジュニア小説”を片っ端から熟読し、また日本TV界サスペンスドラマの金字塔を打ち立てた”火曜サスペンス”で真犯人探しに明け暮れた青春時代を捧げた?筆者。
 その膨大な作品群で描かれた人間の、ある時は未熟な少年少女のゆれる想いに心ときめかせ、また人間達のしがらみや欲望にゆらぐ心に胸熱くした想いを、オマージュとして書いた小説を公開しようと考えました。

2015年3月12日木曜日

1、始動

 鳴瀬界矢 (カイヤ)は、念願の峠に遂にやって来た。
地元工業高校の卒業証書を待たずして、一種免を得って公道を走ることができるようになった彼は、待ちきれずにこの聖地へやってきたのである。
 この日のために用意した憧れのAE86トレノを可能な限り調整して、今持ちうる財産を全て注ぎ込んで峠仕様に仕上げた愛車であった。
 彼は、流行らない峠ブームに今虜になっている車オタクの一人に過ぎない、
けれど他と違うのは、その峠での類い希なゼロ・ポイント体験者だった。
その体験はクローズド(公道を除く競技道)の外で、かつて父の峠走行に同乗した際起きた。
その一回のみの体験が少年を走り屋に変えてしまった。

 ここで言う峠とは、かつてモータースポーツ全盛の時代に市販車で、
走り屋によってサーキットさながらにタイムアタックが繰り広げられた休遊道を指す。
日本全国の山間部を中心に数々の峠が存在し、峠の走り屋にはトリッキーなカーブが多い程好まれる。
その複雑に折れ曲がる一般には”悪路”でしか無い道を、自慢の愛車とドライブテクニックで制覇する事は、愛車との一体感をえられるという、行動派自動車マニアには至福の瞬間であった。


2、予感

 界矢の通う高校は、地元主産業の一つであった精密製品製造を担う、優秀な技術者精神を育成するために、昭和40年に創立された。
地元の期待も篤い地域密着の気運高い、県立工業高校である。
 彼はここの三年生。
機械成型科をこの春卒業見込みで、卒業後は家業を継ぐ事になっていた。
車マニアなこと以外は、極々普通の青春真っ盛りの少年だ。
 卒業式を待つ今の時期は本来自由登校なのだが、彼を含め若干名は単位不足で特別補習が課せられていたので、不本意な登校が続いていたのである。
 昨日も本当は登校日なのに免許を手にしたら、峠をどうしても攻めたくて無断欠席。
なので今日は絶対に遅刻はできなかったが、結果遅刻となった。

 こそっと教室の中を伺い、先生が黒板に向かっているのを確かめ、忍び足で入る。
生徒達は直ぐに気づいてニヤニヤしながらも協力的に黙っていてくれる、それに感謝して手刀を切りながら後ろの席に座る。
「セーフ!」
心の中でホッとしたのも束の間、
「一人増えとるじゃなか!鳴瀬ぇ、昨日はサボりで今日は悠々遅刻かえ?」
 転任後も九州訛りが未だ消えない担任の鹿島先生が、必殺問答無用の弾丸チョークが飛んでくる。
彼の狙いは正確で高速のそれを避けられる者は居なかったが、界矢はそれを反射的に避けて見せた。

3、試練(前編)

 落ち込みはしたものの、界矢は新たな目標ができた。
しかも先の影像で乾燥路面での記録と判り、残雪が道のかしこにあった界矢の時とは、コンディション・ハンディがあったために正確な勝敗は別の機会に残される事になる。
 その後彼は咲から他にも走行記録を動画公開する者が結構居ることを知った。
一方、映像を見ただけでドライバーの腕を的確に評価する界矢に彼女は感心した。
 そんな時間を楽しく過ごし、やがて昼近くになった時電話が鳴った。
咲が元気良く出る、
「はいっ、ガレージ・キットでーす!」
初めのうちはハキハキと返事をしていたが、段々声のトーンが曇っていくのが、聞くともなしに聞いていた界矢にも解った。
「?」
 しまいには明らかに不安そうな声になっている。
思わず彼女の顔を見た、目にはうっすら涙を貯めているのがみえてドキッとした、
さらに蒼白な顔をしていたのでさすが能天気な彼も何かあったと悟った。
 やがてゆっくり受話器を置いて、彼女は項垂れる。
「何があった?」
沈み込む彼女に声をかける。
すると突然泣きじゃくって界矢に抱きついてきた。戸惑う界矢に、
「父さんが事故だって!」

4、試練 (後編)

 回転数ゲージが8000超えた瞬間クラッチを絶妙に繋ぐ、路面を軽く滑って後輪は車を一気に前へ押し出した。
 いくら情報が少ないとは言え、口伝えでコースの概要は聞いていた。

 暫くは見通しの良い状態が続いてから急カーブが二つ、その後変則的な緩めのカーブをクリアすると開けたカーブ道に出る。
 その先更に折り返すようなU字コーナーを曲がると直ぐ3つカーブがあって、抜けると林が開けて来た後、車が結構停められそうな路肩のある広い所がある。
 もうそこから先は片道幅になり、その先五つカーブを抜けると小屋が立っているという、小屋より先は間違いなく往路1キロを超えているので、説明は無かった。

 界矢は予め距離計をリセットしておいてその数字を目安にしようと考えて、折り返しが近づくまで運転に集中した。
 聞いていた通りコースの伊戸代の説明は正確だったものの、それでも自分がイメージしていたものよりも相当トリッキーなコースだった、少なくとも加速をしにくいコースなのである。
 スロットル開けて加速しようとしても3速になっていて伸びず、落とそうとすると直ぐコーナーが迫り、1速まで落とさないとトルクが維持できない、それを繰り返すといった印象だ。距離計見てそろそろだと前を見ると折り返しが目前だった。
間伐入れずにターンポイントが迫る、予測すると広い所の奥かその先の五つカーブの第一コーナーの辺りと判って焦る。
 広い所奥なら規定より距離はショートしそうだがターンはし易い、コーナーに進入してからだと距離は正確になるが道幅狭くターンは難儀になる。
界矢は瞬時に後者を選んで広い所での加速を利用して一速まで一気にシフトダウン、抜けた直後反動を利用してスピンターンして第一コーナー手前で折り返し、一速で全開でトルク維持して広い所に戻る。直線で速度を稼いでカーブに入る前に、目線を距離計に落とすと想定通り゛1.09゛を指している、界矢はガッツポーズをし往路を疾走する。
 車は元来た道へ消えて行った。

5、迷走

 界矢が自宅に着いたのは午後2時過ぎだった、工場は休みで誰も居ない、自宅内にも人気が無かった。母も姉も買い物にでも行ったのだろう。
 とりあえず事務室兼用で使っている居間に設置されたPCを起動してスーパーNの動きをネットで探してみた。
 操作は咲に教えてもらったので、それだけはできる、間も無く幾つか見つかった中で地元での情報を探すと、
「あった!やっぱり昨日こっちに来ていたんだ」
彼のサイトで動画を見る、
「スッゲー」
 地元、Kダム脇にある片道五キロ程の峠道を鮮やかな操作でクリアしていく車内映像に釘付けになる。
 カーブが多くて平均で10分前後かかるコースを9分07秒で完走していた、これは親友のトオルが言っていたこのコースのレコードタイムと比較して8秒以上早い事になる。
 今回車はSUBARU BRZを使用したらしい、高性能の最新車とは言え地元の走り屋のショックは大きいだろう、勿論界矢も例外では無かった。
 界矢は明日は登校日で遅刻しないかと迷ったが、闘志の方が勝って今晩の決行を決めた。
 しかしその夕方、彼にとって想定外の事が起こった。
 母と姉と三人で何時もの様に夕食を食べていると姉がTVを見て、
「嫌だ、今日これから雨だそうよ」
「えっ?マジ」
 界矢はお天気ニュースを食い入るように見た、それによるとこの地方の山間部を中心に、激しい雨が降るというのだ、よりによって今晩とは、残念ながら諦めるしかなかった。

6、卒業

 翌日眠れぬ朝を迎えて、母親に促され一緒に家を出た、正直気恥ずかしいので別々に登校したかったが、母が一緒に行きたいという。
界矢は、今さらという気もあったが色々有ったことを考えるとこれも良いかなと、不思議と納得できた。
「18年、もうそんなに経ったんだね」
母が前を見たまま呟いた、
「その間に色々有ったけど無事にこの日を迎える事ができて、母さん本当に嬉しいよ」
 何時になく染々した事を言う母をそこで初めて見た、何時からか界矢の方が背が高くなって見下ろす位母は小さかった。
余りまじまじと母について思った事は無かったが、こうして改めて見ると父亡き後一人で育ててくれたという思いが溢れてくる。
「ありがとうな、母さん」
 母はそれには応えずに少しだけ表情を緩めた様な気がしたが、直ぐに真剣な目になり、意外なことを言った。
「峠へ行きたいの?」
界矢はその一言で胸が締め付けられる想いだった、無意識に母から目を剃らし前を向く、一呼吸してみるが心がまとまらない。
 母は気持ちを察する様に、
「後悔したくないなら、行きな」
「えっ!」
 意外な言葉に再び母を見る、さっきと表情を変えていない、その時気付いたのだ、母は自分と必死に闘っている、と。
 我が子を危険に曝そうとする自分と、必死に守ろうとする自分との間でその一瞬において闘っているのだ。
それが解って界矢は心が弱った。で、つい……

7、勝算。

 遂にスーパーNからの二度目、最後のアタックが始まった。ここは道幅に比較的余裕があってゴール手前の魔のカーブまで広さが続く、相手は左からまくして来た。車輌の鼻先を突っ込まれそうになるのを、辛うじて絶妙なライン変更で侵入を許さない界矢。
 執拗な攻めにさっきとは別の意味での忍耐を強いられたが、遂に何とか最終コーナーを先行侵入し、そのまま一本目ゴール!界矢は逃げ切った。

 界矢がゴール後先に停止、相手はそのまますり抜け直ぐ先でクルッとターン、向き合う形になりお互いのライトで車体を照らした、相手のアクセルをリズミカルに踏むエンジン音が悔しそうに唸っていた。
 先行の界矢はハイビームにしていたため、相手の社内が見えたような気がしたが直ぐにパッシングしてきたので、気付いてロービームに切り替える。
 その後ゆっくり界矢の運転席側をスレ違っていく相手のハチロク、
「今度は絶対負けない!」
そう言われた様な気がして横を向く、運転席がスレ違う時に相手のウインドウが空いていた。
 慌てて界矢もウインドウを下げて声を掛けようとしたが、間に合わず、拒絶するように通りすぎてスタートポイントで止まり、ハイビームに切り替える。
 界矢はそれを二本目の合図と解釈し慌ててターンして、ピタリと真後ろに鼻先をくっ付ける挑発の意味もあるが、自分のテンションを上げる意味もあった。

 さあ!泣いても笑っても、最後の二本目だ、これが終われば全てが終わる、界矢はスッパリ公道バトルからは手を引くつもりだった、つまりこれが本当の卒業式なのである。
その後は、稼業を継ぎながらクローズドでのモータースポーツに力を注ぐと決めていた。
「絶対に勝つ!」

ZERO@POINT(ゼロ・ポイント)-小説になろう投稿作品情報

あらすじ編集

ゼロ・ポイント。
 それは攻めの究極の一点、
車を操る事に魅了された者はその一点を目指し、究極のポイントを極めんがために自ら鍛え上げた渾身のマシンでコーナーを飽くことなく攻める。
 ゼロ・ポイントとは?コーナーに密かに存在する無重力地帯。
数知れないドライバーの中で、地上で起こるその不思議な現象を体感した時レコードラップの道が開く幻の CP(クリッピングポイント)。
 この話は、そんな理想のゼロ・ポイントに魅了された青年と、彼を取り囲む者達の物語。

漫画家のしげの秀一さん作:頭文字D(イニシャル)のオマージュとして作成しました。
公道バトルネタとしては共通ですが、内容は完全オリジナルです。
(※掲載時は初出、その後著者Blogへの掲載予定あり)
―完結―
部数タイトル掲載日小説
第1部分1、始動2015/02/03 18:39編集
第2部分2,予感2015/02/06 00:31編集
第3部分3、試練 (前編)2015/02/08 10:31編集
第4部分4、試練 (後編)2015/02/16 20:00編集
第5部分5、迷走2015/02/20 22:35編集
第6部分6、卒業2015/02/27 21:00編集
第7部分7、勝算!2015/03/12 17:57編集
>>次話投稿
Nコード
N9564CM
種別
連載〔全7部〕
年齢制限
なし
初回投稿日
2015年 02月03日 18時39分
最終話掲載日
2015年 03月12日 17時57分
文字数
24,074文字
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完結済
キーワード
青春 高校生 幼馴染 学校/学園 ハッピーエンド 社会問題 悲劇 恋愛 友情 ホームドラマ ドキドキ スポーツ 山 感動 ロマンス
ジャンル
戦記
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作者名
黒助(くろすけ)

2015年2月27日金曜日

小説 「 なごやん 」


東京での生活に埋もれ、速10年目が過ぎようとしてる、


ヒマして新宿の街をブラブラ、
今日は女に振られて、でも今日はどうしてもシタクテ……ままならない物だと。
でもフーゾクもなぁ、と思っていたら、店脇の貼り紙に記載の電話番号に目が留まる。


地域密着型出会い系はこちら!


何か面白そうだと早速番号を入れてみる、
プププ……(あざといBGM)………………
ようこそ!…へ、……systemの説明……
♪ガイダンスに従って好みの市外局番を押してね!


おお、これぞ地域密着だと変に納得しながら市外局番をを入力、052っと。


♪ガイダンスに従って好みの年齢層を選択してね!


ふむ、同年代で若め……20代前半っと。


♪ガイダンスに従って好みのタイプを選択してね!


そうだな、4番をポチッっと。


♪ガイダンスに従って好みの……
以下省略


……何て長い選択だ?いい加減飽きてきた、


あっやっと終わった。


このままお待ちください……♪はい貴方にオススメの伝言、六件です……一件目………


順番に条件にヒットした伝言が流されるれも怪しいモノばかりだが、一件だけ俺のインスピレーションにピンときたナマエを聞いた。

2015年2月13日金曜日

第七話 晴れて海蒼し

「北の海が暗いって誰が決めたんだ!」
「昨日雲って暗かったよ、お兄ちゃん」
兄、晃一は決意を込めて海に叫ぶ、
妹、舞鶴は意味を理解出来ずに答えた。

 確かに北の海の様子は変わり易く今日晴れで海は鉛色、
でも兄が海に、いや妹に伝えたかったのは心の有り様の話だったが兄13歳、妹は9歳二人ともまだ幼く別れを上手く表現するには不器用だった。

 日本一長い川が流れ、その肥えた流域に広がる米中心の穀倉地帯として有名な日本海に面したN県。
 兄妹もそんな自然豊かな土地に生まれ育った、兄晃一は、思慮深く家族思いな青年、妹舞鶴は、素直で素朴な兄思いの少女だった。
 この年二人の両親が亡くなり、兄は東京の親戚へ引き取られ、妹は地元N市の伯母が預かる事になり、先の会話はいよいよその別れに、生まれてより親しんだ北の海を前にしての会話だった。

 その別れから数年、兄晃一が上京をして以来高校生なろうとしていた、親戚夫婦とも打ち解けて家族同然に暮らしていた。
 この伊勢原夫婦には子供が居なかったので、引き取ってからというもの晃一を大事に育てた、今年晴れて有名私立大学系列の高校に進学することに決まって、家族としての順風な毎日を過ごせた。

「どうだ、春休み中に三人で北陸の海で美味しい海産物でも食べに行くか」
「北の海は暗くて嫌だな、どうせだったら房総へ連れてってよ、春だしお義母さんが喜ぶし」
「そうか?晃一の入学祝だ、お前がそう言うならそうしよう」
「受験準備で親身に世話してくれた、お義母さんこそ主役じゃなくちゃ」
「母さん喜ぶぞ」
結局、行き先は房総の海に決まりそうだ、晃一はそれで良いと思ったが、義父と息子同士まだお互い気を使っている空気が残っていた。

 そんな何不自由無く生活する晃一だが、心の奥底で気になる事があった、ある時街中で中学生の少女達が楽しそうに歩いていたのを見て、
「妹もあの娘達位になってるかなぁ」
そう思う事があった、久しぶりに会ってみたい気にもなった。
 そう思うと、旅行は北の海の方が良かったか?と半分後悔もする、でもお世話になる身分で一人勝手な行動は気が引けるし、今更妹も会えば彼女の生活にさざ波を起こすことになり兼ねない。
 迷った末に晃一は、会わない方が言いと自分を制した。

 それから数日、いよいよ房総行きが決まろうとする時、義父から思わぬ話を持ち掛けられた。
「養子縁組を真剣に考えている」
驚きはしたが晃一は少し考えて、
「嬉しいことです」
「本当か?養子になるという事は、坂出晃一では無くなるという事だ」
「亡くなった家族、妹と他人になるという事ですか?」
「法律上だけで無く、真に私達の息子になって欲しいから、良く考えて欲しい」

 自分一人だけならこれ程幸運な事は無いだろう、しかし晃一には先祖があり、何より生きている妹が居るのだ、彼女の幸せは兄の責任であり、それを見届けない限り軽い返事は出来ない。
 晃一は帰郷を決心し、義父に了承を得て新幹線に乗った、新学期学校が始まる二日前だった。

 到着して直ぐ晃一は妹の舞鶴の居場所を確認すべく親戚の家に電話したが不在で連絡取れなかった、途中在来線に乗り替え生まれ故郷に向かう。
 両親の墓に花をたむけてお参りをして、思うところあって久しぶりの海岸に向かった。

 北の海は、本当に天気がよく変わる、さっきまでの晴天が海に来たときにはどんより曇っていた、その海の色は晃一の今の気持ちを代弁していた、眺めていて思わず言葉が漏れる。
「北の海は暗いからやだな」
「北の海が暗いって誰が決めたの?」
聞いたような声に振り向くと、少女が立っていた、
「海が明るいか、暗いかは見る人の気持ち次第でしょ?私達を育ててくれた海にそんな事言っちゃダメよ!」
「お前……舞鶴なのか?」
妹はすっかり大人びていて、最初判らなかった。
「お別れの時に言ってくれた言葉、解った、お兄ちゃんが言いたかった事」
「どうしてここに来たんだ」
「こっちに来たって聞いて、ここに来るだろうと思って」
「そうか、会えないと思ったよ」
「さっき私が言った事、お兄ちゃんが私に言ったのよ、覚えてるよね」
「そんなこと言ったっけ」
「一人ぼっちになる私を元気付けるために言ってくれたんだよね?」
「今更どっちでもいいよ」
「よくない!二人にとってとても大事な事だわ」
「ごめん、そうだな」
「ありがとうね、私そう思って元気にしてるから、お兄ちゃんこそ大丈夫?」
「うん、いい両親で凄く良くしてくれてるけど……」
「けど、何?何かあったの」
晃一は躊躇っていた。
 その時ポツンポツンと雨滴が落ちだし、直ぐに雨脚が早くなってきた、兄は妹をかばいながら近くの松林に走って雨宿りした。
 松の枝は雨を凌ぐには少し心許なく、葉を伝って雨水が時々滴ってくる、兄はそれで少しでも濡れないように妹に上着をかぶせてやった。
 やがて、雨は少しづつ弱まってはいったが暫く降りつづく、その間二人は何も語らず、目の前の海の変わり様を眺め続けていた。
 空の変化と伴って雨脚の変わり様、そしてそれらによって変わる海の色や様子を、刻々変わっていく海の表情を、二人は真っ直ぐ見続けた。

 次第に西の雲間から空が覗き、光の筋が一本、また一本と海に差し込むと、そこから海は劇的に表情を変えていく。
 やがて浜の雨は上がり、二人が浜に歩きだしたころには、雲は東へ去って綺麗な夕陽が浜全体を茜色に染めていた。
 夕陽に輝く波に見とれる振りして、お互い目を合わせようとしない二人、陽は段々沈み浜の影から暗くなっていく、その大事な瞬間を逃すまいと、唐突に舞鶴が声を絞り出す、
「舞鶴は、離ればなれでも、何があってもずーっとお兄ちゃんの妹だから」
言い難そうだった兄の言葉をずーっと考えていたのだろう、そんな迷いを妹は察していた。
「こっちの事は任せて、私も大丈夫だから」
「舞鶴!」
その時初めて兄は妹を見た。
 妹は、今すぐ泣き崩れそうなのを健気に耐えていた、兄を見るのを躊躇っている、思わずいとおしさに抱き締めた。
晃一の胸のなかで堰を切った様に舞鶴は泣きじゃくった、晃一も泣いた。

 暫く泣いて、妹もやがて泣き止んだらお互いの目を初めて見た。
「舞鶴の目は、お母ちゃんみたいにやさしいな」
「兄ちゃんの目も、父ちゃんみたいに暖かい」
「俺たち、滅多に会えなくなるけどこれからも家族だからな」
「うん」
 二人の影が砂浜に長く延びていた、北の海は二人を見まもるように静かに波を打ち寄せていた。

 日も沈んで、晃一は舞鶴と一緒に新潟市内の伯母さんの所へ寄った、挨拶を済ませて初めて今回の事実を打ち明けた、皆は驚いたが晃一の立場を理解し、最後にはみな祝ってくれた。
伯母さん達は彼に、
「舞鶴を責任をもって幸せにするから心配するな」
と胸を張ってくれた、何度もお辞儀をする兄妹、やがて夜も新幹線最終便に間に合うギリギリの時間になった。
「そろそろ帰らないと」
「うん解ってる、じゃ」
 晃一は玄関まで出て、挨拶するここで別れるつもりで一人を歩き出すが、暫くしたら後ろから舞鶴が追い付いてきた、
「いいよ、寒いから帰れ」
「伯母ちゃんが送っていけって、帰りは迎えに行ってやるからって」
「そうか」
 兄はそれ以上否定せず、二人で駅までの路地を歩いていった。

 駅までたわいもない事で盛り上がり、新潟駅に着いた、車両は既に停車していてまもなく発車しようとしていた。
慌てて駅のホームまで走る二人、発車のベルが鳴る中で何とか車両に乗り込んだ晃一。

 ホームに人は余り居ない、静かなホームに最終確認する車掌と兄妹の二人、何か話したようだがベルで良く聞こえない、やがてドアが閉まり、妹は残った。
 ゆっくり進む車両を見守る舞鶴、

 最後の汽笛をならして、新幹線はホームから見えなくなった。

 新幹線は兄を乗せて東京へ走る、駅では
舞鶴が何時までも上りの方角を見つめていた、駅員が、
「お客さん、ホーム閉まりますよ、寒いですから構内へお戻りください」
そう促されてホームをゆっくり降りていった。

 晃一と舞鶴の兄妹の絆は、北の海で強く結ばれて、それぞれの新しい青春を歩んで行くのだろう。

第七話
おしまい

これにて全七話完了です。
読んでいただきありがとうございました。

2015年2月6日金曜日

第六話、スプリンターの意地


「瑞原先生、好きですっ!」

 藪から棒に、この春に研修教員として3年で国語を受け持つ瑞原茜にラブレターを突き付けたのは、茜が担当するクラスの生徒、主藤恭介だった。
 恭介は、彼女が4月から研修でここ天海商業高校に赴任したときから一目惚れだった。
 思ったことは直ぐ行動に移す彼だが、瑞原先生に告白したのは7月なって漸くだった、三ヶ月を要したのは決して彼が奥手だった訳ではない。
彼は陸上部で短距離代表として6月の県大会出場が決まっていて部活に集中していたからだった。
 人一倍負けん気が強くてポジティブな性格、容姿も結構イケているので、女子にも評判もいい彼の告白は絶対成功すると確信していた。
 しかし瑞原先生は、徹夜で書いた渾身の名文(自分ではそう思っている)を、ろくに読みもせずこう言い放った、
「ハハハハハ、ゴメンね私、年上しかダメなの」
一瞬耳をうたがったが惨敗だった、でも諦めない、
「俺の気持ちはマジです!」
「ありがと気持ち嬉しいよ、でも年下にはトキメかないの。主藤クンならもっとステキな娘が見つかるよ」
その後も先生は恭介の良いところを揚げて、その勇気を讃えてくれたのだが、彼には逆効果だった。
 若さというか、情熱というか、益々彼を勢い付かせてしまった。
収拾がつかなくなった上に、登校時間が迫っていた、
「分かりました、じゃあ私に一つでも勝ったら、考えてあげてもいいわ」
これで恭介は納得して、教室に入った。

 その昼休み、茜は自分に充てがわれた机で手製の弁当を食べている時に、声を掛けられて振り向いた、
「木戸先生!」
かつての恩師、木戸先生がクリクリした目で笑っていた、茜はこの天海商業高校の同窓生で、当時木戸先生のもとで学んでいた、
「瑞原が先生になるとはな、お前も丸くなったもんだな」
「木戸先生のお陰です、あの頃は普通の高校生活が嫌で尖ってワルばっかりやってましたから」
「一途過ぎなんだろうな、若いって事はそう言うことだよね」
 茜は、在学中は学校に馴染めずいわゆる非行に明け暮れていたが、当時から木戸先生は彼女の本心を見抜き復帰出来るように世話を焼いてくれた。
そのお陰で何とか高校を卒業でき、大学に進んで教師の通を選んだのである。
研修で母校を選べたのは幸いだった、お陰で恩師に今の自分を見てもらうことも出来たのだった。

 同じ昼休み、木陰で恭介と親友の今野が涼んでいた、
「浮かない顔だな」
「俺、研修教員の瑞原先生に告白した」
「何っ?あの研修教員か?ハキハキ明るそうだが、一瞬影か愁いが漂う目が印象的だな」
「そうなんだ!なんか護ってあげたみたいな」
「恭介イイ目をしてるわ、彼女着痩せするタイプだがスーツの中は結構イイ身体してるぜー」
「お前溜まってんのか?俺は真剣なんだ、あの人をエロ眼鏡で見るなよ」
「恋せよ男子か、どうせ研修終わればバイバイなんだから、思う存分やってみれば?」
恭介は何で勝てるのか?思案し出した。

 恭介は通学路を、毎日自転車で登下校している。
 学校が海の見える高台にあって、街を外れると直ぐ長い坂になる。
陸上部の彼には足を鍛えるのに好都合だったが、朝は相等キツい登りになるので、殆どの生徒は最初から降りて自転車を牽いて登る。
 それは恭介とて同じで普段は坂の途中で歩くし、頂上の校門まで自転車で上ろうとは誰もし無かった。
茜も実家が遠いので現役当時と同じ様に、通勤用に自転車を新調して通った。
 二人はほぼ同じ時刻に坂を通るので、恭介は前方に茜を見つけると、追い付こうとペダルを早漕ぎして速度を上げたものの、今日は差がありすぎて途中で息切れて校門までに追い付けなかった。
 恭介が瑞原先生に勝てるとすれば脚力しかない、彼の学力では教科で勝てる見込みは皆無と言っていいし、他にこれと言って秀でた芸も無かった。
 そんな中、恭介はあることに気づく。
瑞原先生はあれだけキツい坂を、スイスイ自転車を降りる事なく登っていくのだ、それは脚自慢の彼にとって驚異であり何より屈辱だった。
その事が彼のスポーツマンとしての闘争心に火を点けた、それからはまっしぐらだ、瑞原茜を坂で抜き去る事、それ一点に夢中になった。

 茜がある朝坂を登っていると、後ろの方でガシャガシャペダルを漕ぐ音がした、後ろを振り向くと恭介が鬼の形相で坂を登り出すのが見えた。
距離があって追い付けないだろうと、彼女はそのまま漕ぎ続けると、段々と後ろの漕ぐ音が遠くなって校門を潜る間際に坂の下を振り返るが、恭介の姿は見えなかった。

 そんな事がここ一週間程続いていたので、週末茜は恭介に授業終了後雑談の時に尋ねてみた、
「主藤クン毎朝脚鍛えてるんだ、感心ね」
すると返ってきた返事は呆れたものだった、
「瑞原先生に勝つためです!」
 一緒に雑談している生徒にその真意は解る筈も無いが茜には解った。
自分が彼に出任せに言った約束を覚えていたのである。
「そ、そうなんだ」
 茜はちょっと困った。
確かに何でも良いから自分に勝てば条件を飲むとは言ったが、まさかこんな事で挑戦してくるとは。
「せいぜい、頑張ってね」
「はい!期待に応えて見せます」
彼はやる気満々に様だ。
 でももし本当に彼が坂で抜いてしまったら?
いやそれはあり得ない、うんあり得ないと自分を説得する茜。
何か変にドキドキするのは何故だろう?
そう思いながら、皆と別れて職員室へ戻った。

 自宅に帰り、茜の部屋で今日の事を振り返る。
茜は授業後に必ず生徒と雑談をして交流を欠かさない、自分が現役の頃は荒んだ高校生活でろくな思い出が無い分、今教師に成ってこの時期の大切さを思い知らされていた。
 彼女からは、彼ら後輩が青春真っ直中でキラキラ輝いて見えるのである。
茜は彼らとせめて話すことで、自分の青春を取り戻そうとする自分を見た。
 そんな未熟な自分に憧れる男子生徒がいる、生徒たちとの雑談の中で聞こえるのは、その彼の誠実さだ。
 主藤恭介は陸上部の短距離走選手だという。
三年生なので部活動は最近控え気味の様だが、普段から真面目に部活に汗するアスリートとの評判だった。
現在彼女は居ないが、ソコソコ女子にも人気があるらしく、正しく青春を地でいく爽やかな青年である。
茜は当時の自分にからすると最も嫌いなタイプであったが、今思えばそんな自分が素直に成れなかっただけかもしれない。
 恭介には、出任せで言ったことが、妙に頭から離れなくなっていた。

 一方恭介は自宅で勉強に励んでいた、彼は茜を好きになる事で、その想いの力を前向きに原動力に出来るポジティブさを持っていた、
「ヨシッ、今日はこの辺にしとくか」
ペンを置いて背伸びをした、結構からだが固くなっているのが判る、携帯で時間を見ると午前5時を回っていた、夜は明けていた。
 恭介は、夕食後少し休んだら直ぐ寝て夜中起きて勉強した、秋までは夜型で過ごす事にしていた。
「さて、そろそろ行くか!」
自分に喝を入れて、早朝ランニングに出ていった。

 今日こそは必ずと決意して毎日家を出るが、なかなかどうして瑞原先生に追い付けないのが腹立たしい。
可能な限り坂の前から助走してベストの進入速度で坂を上がるが、どうしても途中で失速する。
 恭介は必死だ、夏休みまで一週間程で暫く先生とも会えなくなる、それまでに追い抜きたいと気は競った。
「坂途中で失速する、そうか!脚力が足りないんだ。ヨシッ直ぐ足を鍛えるぞ」
それからは、脚の持久力アップを目指して朝晩トレーニングに勤しんだ。
 週末木戸先生は茜を飲みに誘ってくれた、呑む時も先生は優しく当時の苦労話で盛り上げてくれた。
 その翌日土曜休みに茜の家に、研修中仲良くなった生徒達が遊びに来た。
さすがクラス全員は家に入れないので、六名に限定したがその中に恭介は居なかった。
選定は生徒達に任せたにしても茜は少し物足りない印象だった。

 週明け朝、今日も登校時には恭介は後ろから追ってきた、茜はその日は必死にこいで逃げてしまった。
 翌朝、恭介は昨日以上にまくしてきた、しかしあと一歩で追い付けなかった。
その後校舎に入ったのは殆ど一緒だったが、挨拶以外恭介は何も言わない。
汗まみれの彼の顔がチラッと見に妙に男らしかった。
 次の朝も恭介は追い上げてきた。
茜は何故かドキドキしてとても後ろを振り返れなかった。
今日はどこまで追い上げているんだろう?
ガシャガシャとペダルを漕ぐ音が少しづつ大きくなる、
恭介の一生懸命の顔が脳裏に浮かんでくる。
 こうなれば、自分はペースを落とそうか?
そんな気持ちに成りかけた時で校門に着いた、後ろで、ガシャという音が虚しく止んだ。

なんだろう、この苦しい気持ちは?

 彼は本当に私を好きなんだ、無心で約束を達成しようとする思いが後ろから伝わってくる。
だが、今日も恭介は挨拶だけして先に行ってしまった。

 週末金曜日一学期最終日である、茜は緊張していた。
勿論一学期を無事やり遂げた最終日という緊張があるが、もうひとつ恭介が約束を達成したらどうなるだろう、という緊張である。
 年下の少年に翻弄される?先生の立場を採れという理性と、女性として純粋に彼の思いにときめく感情が交錯して、茜はどうしたらいいか混乱するばかりだ、
「ダメダメ!しっかりしなきゃ」
 その内自分と葛藤していて坂に着いてしまう、止まっている間も、生徒が挨拶して通りすぎていく、我に返って漸く茜は坂を自転車で登り出した。
登り始めて直ぐ、今彼が抜いてくれれば゛ズルいゾ゛とはぐらかすことができるが彼は未だ来ない。
 更に進んで中間迄来た、ここからは冗談は通らないが無かった事にしてと頼む勇気がまだあった、でも例のペダルを漕ぐ音は聞こえて来ない。
「どうしちゃったの?今日が最後じゃ無かったの?」

そう漏らしてはっとする、
゛私、主藤クンの事好きになってる……゛

 茜の本音に気付いて動揺する、
゛ダメっ、今日は学校休んで!゛

 このままの気持ちで追い抜かれたら、自分を律する事が出来そうに無い!
このままいっそ恭介が来ない方がいい!
と自分勝手に懇願していたが、その時、

ガシャガシャ……!
「えっつ?」
「勝ったーーーーっつ!」

 一瞬何が起こったか解らない。
見ると先に校門を抜ける恭介が満面の笑みでガッツポーズをしている、
「約束だからね!」
そう言って消えていく、
「電動自転車が、抜かれちゃったの?」
さっき迄のさんざんの葛藤は何だったのか、悩む余地無く決着はついてしまう。
「はぁ仕方ないな、約束だからね!」
茜はふっ切れた様で、力強くペダルを踏んで、恭介の後を追うように校門を潜っていった。


第六話
おしまい

2015年2月1日日曜日

第五話 春色の夏よやって恋


 葵未花子はため息をついた、進級して初の学年別定期テストでダントツTOPだった。
それなら普通喜びそうなものだが、彼女にとっては憂うつなのだった。
 そもそもこの学校、海田南高校に入った動機は仲良しだった中学の同級生達と一緒の学校へ進学したいが為で、学力に相応していなかった。
他意は無かったが、結果苦労して入った同級生に邪推と妬みを買って何かに付け反感を買うことになる。
 仲良しの二人とも海田へ入って間もなく疎遠になり、二年生になった今でも彼女への風当たりのある空気が三人に壁を作っていた。
 未花子はこの学校で唯一入って良かったと思うことがある、それは校舎から海が見える事だ。
海田南高校は文字通り海田市でも海が広がる最も南にあって、市内の高校でも一番海に近いロケーションなのだった。
 彼女の自宅は海田市でも最も北の端ににある丘延町にある、海までバスで20分程掛かるほど遠い事もあって幼少の頃より海に憧れていたから、海が一望出来るこの学校は気に入っていた。
 返して言えば彼女にとって、周りに気を使わなくてはならなくなった今では、それ以外には何の魅力もないと言えなくもない。
将来的に上京して名の有る大学受験可能な彼女には、この学校の学力レベルは低いけれども、ハナに掛けた事は一度もない、かと言って手を抜く訳にもいかず、実力通りの結果が出ることは自明であった。
 また、格下の学校に余裕で入った上にコケにされていると、相変わらず陰口を叩く生徒は少なくないがイジメに遇うことは無かった。色んな点で目立つし、何より彼女のからっとした人柄はその対象にするにははばかられたし、気配りを怠らない彼女を評価する生徒も多いという事なのだろう。
 さて、試験結果に一喜一憂するクラスメートをさりげなくフォローしつつ、その場を離れる未花子に廊下の端から手招きする少女が居た。
 未花子は自ら小走りで彼女に近づいてニッコリ笑って、声をかける、
「櫻ちゃんから声かけてくれるなんて嬉しいな、久しぶりね」
「ゴメンね、うち等から離れちゃってそれ以来……」
「ううん!いいのそんな事、どうかしたの?」
「ちょっと相談があるの」
「私が役に立つなら、いいよ」
唐突な、仲良しだった春日櫻の接近に驚きがらも、未花子は彼女の相談に付き合う事にした。
「ラブレターの代筆頼みたいの!」
「エエッツ?嘘」
櫻の頼みに天と地がひっくり返りそうな心地だった。

2015年1月30日金曜日

第四話 生徒会長の資格




 青井省吾17歳は、やると決めたらやり抜く男である、そう自分では決めてかかっていた。
故に退っ引きならない事情から、彼は生徒会長に立候補する事になってしまったのである。
 そもそも省吾は生徒会長の器でも無ければ使命感の高い性格でもない、
どっちかと言えば自由奔放で人の前に出るような少年では無かった。

 彼が通うS県立内海高校は、対馬海峡から流れる親潮に抱かれ、瀬戸内の真裏山陰地方の漁師町として、今では漁業と海洋加工業で盛んな市にある中堅の普通高校である。
 これと言って特徴も無いが、地元では進学校としては手堅い学校としてベンチマークになっている。
そういう意味では進学が話題になる時期に必ず名前の上がる学校だった。
「〇〇さんちの〇〇ちゃん、内海から関西の有名大学合格したそうよ」
「あそこは手堅いから、うちの子もあそこの偏差値に合わせておけば行けるかな」
みたいな具合である。
 省吾もこのノリで無難に入った口で、学力はまああるが将来の目標が決まらず取り敢えず入るには打ってつけなのだ。
 その内海高校にあって、生徒会長というのは内申でのステイタスに成りうるバカにできないファクターだ。
これといって内申評価にインパクトの無い彼には動機があったが、ソコまで大胆になれないでいた処に、ひょんな噂が校内を流れる。

゛青井省吾が会長の座を狙っている゛

 根も葉も無いゴシップだった。
省吾本人もそれを知ったのは幼友達の安木光太の友情の密告からだった。
「お前、新藤の向こう張ってガッツあるじゃん!」
 新藤というのは生徒会長立候補筆頭の噂が高い、新藤サトルの事で、今回の選挙は今の所圧倒的な支持を集めていた。
「全く覚えなし」
「マジ?校内じゃすっかりダークホース扱いだ」
「どっからそんなデマがー」
省吾は正直動揺していた、そこへ取り巻き含め新藤が寄ってきた、
「青井くーん、ヤル気満々だねぇ!」
「お、俺は……」
「おっと、今更降りるなんて言わないよね?内申評価上げたいんだろ?」
「あっっ!」
 省吾はその言葉で思い出した。
二日前教室で冗談半分で評価上げるのに会長に成るしかないと、捲し立てた事があったのだ。
どうやら新藤の耳に入ってそれが真に受けられたらしい。
「嫌いじゃないなそういう動機、リアリティがある」
暫く何も返せなかった、それを承知で新藤は追い討ちをかける、
「丁度立候補定員が足らなかった、このままじゃ選挙が成立しないところだった、君に勝ち目は無いけどこの点では助かったよ」
 それを聞いて省吾は悟った、
自分は新藤にハメられたのだ、定員埋めの数合わせに利用されたのだ、と。
 そう思うと段々腹が立ってきた、新藤には勿論だが利用されて何も言えない自分にである。
「ダークホースの意地を見せてやる!ありがとよわざわざエールを贈りに来てくれて」
ニヤッと想定外のうすら笑いを見せる省吾に少したじろぐが、直ぐに平静に戻って、
「へぇ、マジと受け取っていいんだな?お前がソコまでバカとは思ってなかったよ」
そう吐き捨てて新藤は教室を出ていった。
 結構周りは二人のやり取りを気にしていたらしく、省吾と光太が取り残された後も、教室は同情的な空気でシンとしていたが、やがて何もなかった様に戻った。

 昼休み屋上で、光太は二人で寝転んで空を眺める省吾にボソッと呟く、
「何でこうなるかなー」
「あの状況じゃ、男ならああ言うしか無かろう?」
ポツンと孤独な雲が頭上を流れていく、
「お前は何時もエエカッコしいだな、笑って冗談だとかまだ言えたのに、もう遅いぞ」
「おい、光太も俺を追い詰めるのか?」
「自分で言っといて、良く言う!」
「はぁーっつ、どうすべ」
光太はダチとして真剣だった、少し黙って考えて、
「今日中にまともな公約かんがえろ」
「コウヤクぅ、貼るヤツか?」
「アホタレ!俺マジ退くぞ」
「ワルいワルい!でも、急に言われてもな」
「新藤の公約は、内海校を地元の進学校として知名度をあげよう、だ」
「あーん、先生や地元お偉方へのアピール見え見えだな、ヤツらしいぜ」
「これよりアピール度が高くて、高校生らしい公約を探すんだ」
「理屈は解る、でもそんなのがあればとっくにやってるよ」
「単純でも何でもイイ、決めたら誠実に訴えるんだ、今日一日独りで必死に考えろ」
そう言われても簡単じゃない、
それでも省吾は単純な性格だから、取り敢えず腰を上げて行動した。

 帰りは光太と帰らず、何と無く港に足が動いた、
大抵がそうだが彼は悩むと何時も行くところがあった、それは゛ジィ゛のところである。
「省吾、来たか」
 ジィは元気の無い省吾に目も向けず、淡々と漁師網の補修を続けていた。
彼は省吾が小さい頃から尊敬する父方の祖父である、
省吾は祖父を尊敬と親しみを込めてそう呼んできた。
 普段彼は、省吾家族とは独り漁師家に別居し、
七十五歳という高齢にも関わらず、未だ現役バリバリの海の男である。
身体は日に焼け真っ黒で、歳には似合わずたくましい筋肉がシャツの上からも判る。
彼にとって、当に憧れの男の象徴であった。
 省吾は漁師を継がず会社員になった父より、ジィが好きだった。
養ってくれる父は父として尊敬はしている、でも不思議とジィに惹かれる、
省吾の退くに退けない性格もジィの無骨さの憧れ故なのかもしれなかった。
 なので、省吾は自然と気が晴れない時はジィの所に来てしまうのである。
今日もそんな気分だった、孫が何も言わなくても彼には気持ちが透けるように解った、
「何、悩んどる?」
 何時もこんな感じなので、今更心を読まれても省吾は普通に振る舞う、
「うん、生徒会長の公約に困っとる」
「おんし、生徒会の長に成るんか?」
珍しく一寸興奮ぎみに言って手を止める、
「ぶっちゃけ、成り行きでそうなった」
 また補修仕事を続けて、
「男なら退けん事もある、失敗してもええが自分の力だけでやってみぃ?」
「ジィが言うなら腹は決まった、でもどうしたら皆を説得できるかなー」
「誠意だ、人に誠意は必ず伝わる」
「誠意?」
「ひたむきな真心だ、そうだ浜に行ってみろ何か見つかるかも知れん」
 ジィはそれ以上何も言わなかった。
それに聞いても余計な事は言わないと解っていた。
省吾はよし!と気合いを入れて、まずは浜に行く事にした。

 ジィの家を出てその足で浜に来た。
浜というのは日本海を見渡す地元の浅敷海岸の事である。
子供の頃には良く遊びに来たが、マセていくうちに自然に来なくなったいた。
 この辺りで唯一の浜で結構広くて歩くと距離がある、久し振りに歩いてみた。
「懐かしいけど、何か前と違うな、何だっけ?」
 省吾が子供の頃と比べて様子が変わっているようなモヤモヤな気が晴れない、
でも判らない。
「天気もイイ、裸足で歩いてみるか」
 直ぐに脱いで見ると幼少を思いだし何かウキウキしてきて、省吾は裸足で全速ダッシュした。
砂の感触が足裏に心地イイ、浜の末端、あの松林までもうすぐだ!
そう思った瞬間、
「おわっと!」
彼は、何かにつまずいて思いっきり砂にダイブした、
おかげで顔まで砂まみれ、
「うぇー!何なんだ」
 転けた場所を確かめると、砂に半分埋まったバケツだった。
直ぐにそれを蹴る振りをして止めた、そして黙って暫く注視する。
 見ると文字が書いてある。
「何語?ハングル語か、何でまた韓国製」
 改めて冷静になって浜全体を見回した、それでやっとさっきの違和感が理解できた。
 それは、昔と比べて浜中に打ち上げられた漂流物だった。
子供の頃にはこんなのは無かったのだ、ご無沙汰なので何時からかは判らないが、何年かのうちに漂流して貯まったのだろう。
 そう意識して見てみると、その数は凄まじいモノだった。
ざっと見えるものでも数百とあるだろう、埋まっている物を含めればもっとあるに違いない。
「前はキレイな浜だったのにな」
 さっきまでは全く目にも止まらなかった。
人間意識しないとろくに物を見てないものだと、自分勝手に呆れてしまった。
「どうにもヤリきれねえな」
 何と無くそう感じて、近くのバケツを掘り起こし浜の入口隅に置いてその日は帰った。

 翌日、省吾は下校中光太の呼ぶのも無視してまた浜にやって来る。
浜で暫く海を眺めて帰りに網の切れ端を拾って帰った。

 数日省吾はその行為を繰り返した。
意味は無かったが強いて言えば汚い浜を見たくなかったという事か、
それをやがて光太が怪しんで、こっそり省吾の後をつけた事で彼の奇行が発覚した。
「省吾!公約提示まで日が無いのに、何浜で呆けてるんだ?ゴミまで拾って」
その忠告に何も答えず、光太の目を見て言った、
「俺、漂着物を拾って浜をキレイにしたい」
突拍子もない彼の言葉に、言葉が出ない光太、
「見てみろ、この漂着物どこから来てると思う?」
「地元の漁師じゃないのか」
「バカタレ!良く見てみろ」
落ちている浮き輪の表面を指差す、そこには漢字に似た文字が書いてある。
「中国……語?」
光太はハッとなって近くの物を見て回る、
「こっちの瓶はハングルだ」
「こっちのスチロール」
中国語らしかった。
 二人は改めて結構な数の漂着物を確かめてまわった。
一割は日本語表記があったが、殆ど海外から親潮に乗って遠路はるばる流れてきたようだった。
「ひっでぇな、これが現状なのか」
「な?これ見たら居たたまれなくなるだろ」
しかし光太はその数を改めて見回してため息をつく、
「独りじゃ多すぎだろう?」
「だから、皆でっていう公約にできないかって」
「おお!いいぞそれ、公共的効果あるな、環境問題に訴えるか」
「でもな、正直下心でやってるんじゃない、ジィに教えられて悟ったんだ」
「イイよ何でも、よし!明日から宣戦布告だ」
こうして、今日は二人で少し多くの物を片付けた。

 翌日、公約を運営委員会に申告してその下校時から選挙たすきを掛けて校門に立って声を上げて公約を訴えた。
 生徒の流れが落ち着くと浜に行って日が沈むまで片付けをやった。

 選挙期間は一ヶ月、その間省吾は無心に公約を訴え、終われば浜にやって来て漂流物を整理した。
その間その事は誰にも話していないが、二週間も経ったある夕方、選活を終えて浜に来ると誰かが先に来ていた。
 珍しいと思って声をかける、
「何されているんですか?」
振り向いた漁師風の男は浅黒い顔に人懐っこそうに白い歯をみせて答えた。
「お前かぁ?浜のゴミを拾ってるのは」
「そうです、ここは誰も来ないと思ってたのに」
「何言う、ここは地元漁師で知らん者はおらんぞ、片付けに来たんか?」
「はい、子供の頃と変わってて、心が痛むんです」
「そうだな、漁協でも前から問題になってたが、酷すぎてあきらめとったんだ」
「何とかならないでしょうか?」
「お前の努力は無駄にならんよ、漁協から市へもう一度嘆願を出すことになった」
「本当ですか!じゃあ中国や韓国へも働き掛けを?」
「それは色んなしがらみがあって、市も腰重いんよ」
「そうですか」
 それを聞いて、省吾は学校の選活だけでなく、毎朝駅や役所の前でも公約を訴える様になった。
省吾は自分の仕事は増えるし、学業とは関係のない事だったが、今更後には引けなかったし、少しでも地元の問題を何とか出来ればと奮い起った。

 それはたった一人の高校生の善意だった。
 大して漂流物を拾えた訳でもないし、駅などの訴えも細やかなものだったが、
彼の一途な思いはそれを見ていた地元を想う大人の心を動かし、少しずつであるが現実のものとなっていく。
 学校でも省吾が興したムーブメントは若い彼らを揺さぶった。

その結果内海高校の生徒は省吾の公約を高く評価し、選挙では僅差であったが大方の予想をひっくり返してしまった。

 その年から内海高校では全校を挙げて、海岸の美化に務める事を全面に押し出して校風へと変えていく。
 県内でも平凡だった内海高校は、地元の環境に貢献する学校へと変わろうとしていた。
 小さな誠意から人が変わる事を知った省吾は、思い立ったらまずやり続けるのもイイかなと、考え方を変えてみようと思った。



第四話
おしまい

2015年1月24日土曜日

第三話 介護の夢





帰郷した綾部朋華にとって、今日は二度目の奇蹟の出合いがあった、
それは、将来を共に頑張ろうと誓った無二の親友の一周忌に当たるお盆での事だった。
一度目の奇蹟、無二の親友郁未との出会のお話……

ここは都心から南東にあるT県のうみのべ市、東京湾に面した臨海工業地帯、漁業は古くから行われているが、最近は石油原料の化学製品製造が主産業で、何年か前に市町村合併して市になった。
近くには、湾の西側と繋がる海上交通路゛海ほたる゛ができて交通量も増えた。
そんなうみのべ市に生まれながらに住んでいる朋華は、ボランティアするため地元の海之部海浜高校に入った。
読書が好きで夢見勝ちなフワフワした少女が人に役立ちたいと思い立つきっかけはまだ七歳の頃、朋華にはお爺ちゃんが居た、大好きな彼が小学校入学祝いにランドセルを買ってくれた、朋華はそのランドセルを背負うとお爺ちゃんと一緒に居る様に思えた。
ある日、急いでいた彼女は走って学校へ向かう時、交差点一歩手前で転んでしまった、その目の前を暴走する車がけたたましく走り抜けて行く。
気がつくとランドセルがボロボロに擦りむけていた、悲しくなる朋華だがランドセルがクッションなって怪我一つ無くて済んだ、朋華はお爺ちゃんのランドセルが傷付いて自分を責め泣きながら学校へ行った。
その日の午前中、突然先生が朋華を呼び出した、そこで彼女が聞いたのはお爺ちゃんが亡くなったという知らせだった。
最愛の人を亡くした事がショックで、次第に人と接するのを避けるようになる、その頃彼女は読書を覚え、沢山の本を読み耽る事で気持ちをまぎらわした。
小学校を卒業するまで、ボロボロのランドセルを大事に背負い続けた、服装も地味なので学校でイジメの対象になっていたが、朋華はお爺ちゃんと居るようで十分幸せだった。
転ばず交差点に入っていたら恐らく車に跳ねられていたろう、お爺ちゃんが守ってくれたと今でも信じて疑わなかった。
中学生以降は友達も出来たが、高校生になった今も着る服も無頓着で、見た目も眼鏡に三つ編みで大人しそうな文学少女の典型的な容姿をしている。
そんな彼女だが、お爺ちゃん子だった事もあってか、お年寄りとはウマが合った。
こんな自分でもお年寄りは便りにしてくれる、だから彼女は将来介護の仕事をしようと中学で奉仕活動体験をした時から決めていた。
その夢の第一歩として、海之部に入ってボランティアをしている、普段目立たない少女だが介護士になるという、秘めたる熱い思いがあった。


2015年1月17日土曜日

第二話 夏の海は芸術だ!





「海行きてぇ!」
「異論なし!」
多嘉良工業高校窓を開け放った四階、美術室で暑さに耐えながら、4Bの鉛筆を放り投げて、晋矢は唸った。
彼に呼応したのは、同じクラスの隆二。

舞台は海から遥か遠く離れた、中部内陸の盆地にある多嘉良市、日本全国でも屈指の猛暑で有名で、夏のお天気ニュースでは名前を聞かない日はない。
この一帯は陶磁器の生産地としても有名で、平安室町の時代から名だたる名陶工や窯が名を連ねる、窯が熱い為では無いだろうが、ともかくも今年も例に漏れず激暑な夏を向かえていた。

二人は夏休みに入ったと言うのに、初日から登校して石膏像デッサンしていた。
そこへ入ってきたのは、デザイン科名物
顧問の新城望先生、ニヤニヤしながら、
「お早う、デッサン進んでるかー?」
10時になってやっと現れた、
「のぞむちゃんダメだ、こんな暑くちゃあ死にそう、助けてー」
先生の名前は望、あだ名で呼ばれてのぞむちゃんだ、
気さくな性格が結構生徒に慕われている。
「自業自得だろう、チッチッ甘いな」
意に介さずニコニコ笑っている、
「ふえーっ鬼」
「課題のデッサン提出出来なかったのお前達だけだからな」
「10時でこの暑さじゃ昼には茹でタコじゃん」
「だから早いうちに来いと言ったんだ、もう二時間以上経ったろ?
そんだけしか進んでないのは、遅筆過ぎだぞ」
晋矢は、やっとレイアウトが決まってアウトラインだけ、
隆二も最初に切ったセンターラインが目立つ程書き込みが浅かった。
しゅんと項垂れる二人を見て、仕方なく助け船を出すのぞむちゃん、
「しゃーねぇな、じゃあこうしよう」
そう言って二人に、
「今度の月曜から、美術部で海へスケッチ旅行に行くんだが、行くか?」
「スケッチ旅行?」
「海行くんッスか?」
「本来部員限定だが、二人がそれまでにデッサン俺が認める程度に仕上げたら
連れてってやる、どうだ出来るか?」
二人は渡りに船、棚からぼた餅とばかりに食い付いた、
「お願いしますっ!」
「おしっ、じゃあ三日後多嘉良駅前に7時集合な」
そう、吐き捨てて出ていった。

さて三日後の月曜日、朝7時十分前多嘉良駅前には既に部員が全員集まっていて、
そこへのぞむちゃんもやって来た。
「おや、晋矢と隆二は居ないな」
部長の綾瀬瑠奈がのぞむちゃんに、
「あれ、晋矢くん部員じゃ無いですよ」
先生は部員に事情を打ち明けた、
「なる程そうなんだー、でも二人供姿は見てないですケド」
やはりダメだったか、と半分諦めかかった時、バス停の方から噂の二人が走って来た。
「お早うッス!」
「スンマセン、遅れました!」
「お、来たか、じゃあ切符買うぞ」
そう言って、切符売り場に歩いていくのぞむちゃんにツッこむ隆二、
「デッサンの評価は......見ないの?」
振り返りもしないで、
「今日の夕方、皆で評価させる」
「そんなー課題は関係無いのかぁ」
晋矢も膝から力が抜けた、部員に励まされながら、トボトボと駅構内へ歩いて行った。

電車の道中は、一旦都市へ出て中央駅で私鉄に乗り換えてさらに二時間程だが、
終着の東島からバスで30分程進むと漸く潮の香りが漂ってきた。
途中沿線沿いに何度か海が見えたが、殆どが海は見えず、
岬のほぼ先端に着いた時の感動はひとしおだった。
宿のある海王町、リアス式海岸の東端に位置する海王崎灯台のある漁村である。
この辺りは海の風景が大変素晴らしく、風景画家も訪れる名勝地で、
この季節はそこ他を歩けば、誰かが絵を描いていた、のぞむちゃん率いる
美術部+二名はバス停から下りて坂の多い迷路の様な細い路地を歩いていく。
「潮の香りがするが、海は何処?」
「おお!ザザムシいっぱい!」
晋矢達にとって海の町は至る所まで、興味津々だった、
「宿はここだ」
のぞむちゃんが看板指差して紹介する、

さざなみ旅館

と書いてある、
美術部は毎年恒例なのだが二人は勿論初めてで、皆について入ったあと
通された二階で男子四名女子六名が二つの大部屋に別けて入った。
「俺は特別室で」
のぞむちゃんは、どうやら個室らしい
「ズルイー、ビールとか特別待遇かい」
とかブー垂れるが、平然と
「大人の特権!」
と勝手を言って、消えていった。
取りあえず、二人は部員男子二人と荷物を下ろす。
早速二人に同級で部員の早野が声を掛けてきた、
「昼食は自腹、昼から夕食まで自由にスケッチタイムだけど、君達どうする?」
「そう言われても、俺達部員じゃないし、海に行きたかっただけだしな」
隆二がぼやく、晋矢は、
「砂浜に行きたいな、どっかにある?」
「ここらは岩場が多いから、無いよ」
「エーッ!うそ、泳げないじゃん」
「君ら泳ぎに来たの?」
「夏の海=海水浴でしょ」
「のぞむちゃんにハメられたね?」
「そうなの?はぁーっ」
ため息をつく晋矢、
「たまには芸術の夏もいいんじゃない」
それを言うなら秋なのだがそれはさておき。
二人は観念した、気張って準備した水着は無駄になった。
後で、二人はのぞむちゃんを責めたが、
「海へ行くかと誘っただけだ。お前ら海水浴したいって聞いてないが、何か」
と正論でにべもなく駆逐された。

結局三日間スケッチする羽目になる、晋矢達だった......


2015年1月12日月曜日

第一話 好きだからバスケ



明日香は今年晴れて中学生になった。

小谷明日香は、滔々と波が寄せる潮名の浜をずーっと見てきた。

この浜がある津南市は東に大平洋を望む海と、西の太古いにしえの杜に挟まれた漁業で栄えた町である。
彼女は、祖母の背中で浜の波音を子守唄に幼少を過ごし、根の明るい父母の背を見ながらスクスク素直で活発な子に育って来た。
その明日香が、中学生になったら始めたい事があった、それを入学式が終わって、翌日に申し込みに行く、彼女は予め調べておいたメモに書いた名前を便りに職員室へ走った。

「蛯名先生いませんか?」
「あー俺だが」
「バスケ部に入れてください!」
「ほう、いいぞ」
周りの先生は彼女を、何好き好んでと言った顔で見ているが、蛯名先生はニヤニヤしていた。
海南中学女子バスケ部は、県下で弱小だった、男子も良くは無いが女子の順位は下から数えた方が早い位で、ここ10年来地区大会落ちで県大会に名前も聞かない程だった。
それ以前は何度か優勝候補にも上がっていた事もあったらしいが、今ではパッとしない部だった。
唯でさえ弱く人気も無い為、顧問も高齢で一時は廃部の噂も囁かれたが、去年漸く若い顧問に代わってはいたものの、部員が少ない上に、春に三年生が抜けてから四人しか居なくなり、この四月何とか顧問の努力で五人の一年生が入部しているといった状態だ。
だからと言うのも変だが部の雰囲気は、センパイ後輩の関係が余り無くて、部活以外は上下の関係なく友達の様に話すような所があった。

明日香は、弱小を承知の上にあえてバスケ部に入部した、動機は一年生でもがんばり次第で、試合に出れるチャンスがあると思ったという単純な憧れからだ。
ふとした事からバスケに興味を持って、直ぐにでも試合がしたかったのだが、いくら運動神経に自信があるにしても、それまで全くシロウトの彼女には敷居が高かった。
でも海南中はメンバーが少なく、こんな自分でも何とか成ると単純に思ったのである。
それに短期間で試合に出れそうなのは、何事も辛抱が続かない彼女の性格からして、何物にも替え難いメリットだった。
でも流石に簡単なルールしか知らない彼女が直ぐ試合させて貰える訳はなく、暫くは良くても補欠だろう。

入部後それなりに厳しい練習がが続いた五月、海南中バスケ部は練習試合をする筈だったのだが、相手校にやって来てみると一寸雲行きがおかしなことになっていた。
連絡を入れてあったにも関わらず、体育館は誰も居ない、
「絶対変だ、ちゃんと言ってあるよね」
「間違いないと思うよ」
「一寸職員室行って聞いてくるね」
そう言って副部長の梨花子が走って行った、その間待たされる事になる。

その後数人の女生徒と梨花子が戻ってくる、何か揉めているようだ、
「私達と試合なんて百年早いわよ」
「何で名門のウチらと、海南中なの?」
「本当に申込みしたの?」
相手校の女生徒は言いたいことを捲し立てていて、梨花子は防戦一方の様だ。

合流した生徒は向かい合う形になった、海南中部長の香澄が前に出て、再度確認する、
「今日、鹿島中と練習試合をするつもりで来たんだけど、どういう事ですか?」
それに鹿島バスケ部の部長らしき生徒が答える、
「私達全く聞いてないよ」
「そんな!」
海南の生徒がざわつく、鹿島の部長が続ける、
「今顧問見当たらないのよ」
「ちゃんと時前に申し込んで、受けてもらってるんだから、試合して下さい!」
「本当なの?」
部長が小声でメンバーに再確認する、
「さっき顧問に確認したら、忘れてたって、ホントらしい」
と言うことらしい、部長は悪戯っぽい顔になって、
「顧問がその位だから、遊んでやればって事ね」
そうほくそ笑んでから、
「このまま帰ってもらっては失礼だし、丁度ウォーミング終わったところだから、相手になるわ」
部長以下鹿島中メンバーは不敵な笑みを浮かべた。


2015年1月11日日曜日

晴れて海青し

海のある町を舞台にした少年少女達の青春とは?
7編の青春オムニバス。