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2つのシリーズのオマージュ

 かつて、集英社刊行のコバルトシリーズ文庫で”富島健夫さんのジュニア小説”を片っ端から熟読し、また日本TV界サスペンスドラマの金字塔を打ち立てた”火曜サスペンス”で真犯人探しに明け暮れた青春時代を捧げた?筆者。
 その膨大な作品群で描かれた人間の、ある時は未熟な少年少女のゆれる想いに心ときめかせ、また人間達のしがらみや欲望にゆらぐ心に胸熱くした想いを、オマージュとして書いた小説を公開しようと考えました。

2015年1月17日土曜日

第二話 夏の海は芸術だ!





「海行きてぇ!」
「異論なし!」
多嘉良工業高校窓を開け放った四階、美術室で暑さに耐えながら、4Bの鉛筆を放り投げて、晋矢は唸った。
彼に呼応したのは、同じクラスの隆二。

舞台は海から遥か遠く離れた、中部内陸の盆地にある多嘉良市、日本全国でも屈指の猛暑で有名で、夏のお天気ニュースでは名前を聞かない日はない。
この一帯は陶磁器の生産地としても有名で、平安室町の時代から名だたる名陶工や窯が名を連ねる、窯が熱い為では無いだろうが、ともかくも今年も例に漏れず激暑な夏を向かえていた。

二人は夏休みに入ったと言うのに、初日から登校して石膏像デッサンしていた。
そこへ入ってきたのは、デザイン科名物
顧問の新城望先生、ニヤニヤしながら、
「お早う、デッサン進んでるかー?」
10時になってやっと現れた、
「のぞむちゃんダメだ、こんな暑くちゃあ死にそう、助けてー」
先生の名前は望、あだ名で呼ばれてのぞむちゃんだ、
気さくな性格が結構生徒に慕われている。
「自業自得だろう、チッチッ甘いな」
意に介さずニコニコ笑っている、
「ふえーっ鬼」
「課題のデッサン提出出来なかったのお前達だけだからな」
「10時でこの暑さじゃ昼には茹でタコじゃん」
「だから早いうちに来いと言ったんだ、もう二時間以上経ったろ?
そんだけしか進んでないのは、遅筆過ぎだぞ」
晋矢は、やっとレイアウトが決まってアウトラインだけ、
隆二も最初に切ったセンターラインが目立つ程書き込みが浅かった。
しゅんと項垂れる二人を見て、仕方なく助け船を出すのぞむちゃん、
「しゃーねぇな、じゃあこうしよう」
そう言って二人に、
「今度の月曜から、美術部で海へスケッチ旅行に行くんだが、行くか?」
「スケッチ旅行?」
「海行くんッスか?」
「本来部員限定だが、二人がそれまでにデッサン俺が認める程度に仕上げたら
連れてってやる、どうだ出来るか?」
二人は渡りに船、棚からぼた餅とばかりに食い付いた、
「お願いしますっ!」
「おしっ、じゃあ三日後多嘉良駅前に7時集合な」
そう、吐き捨てて出ていった。

さて三日後の月曜日、朝7時十分前多嘉良駅前には既に部員が全員集まっていて、
そこへのぞむちゃんもやって来た。
「おや、晋矢と隆二は居ないな」
部長の綾瀬瑠奈がのぞむちゃんに、
「あれ、晋矢くん部員じゃ無いですよ」
先生は部員に事情を打ち明けた、
「なる程そうなんだー、でも二人供姿は見てないですケド」
やはりダメだったか、と半分諦めかかった時、バス停の方から噂の二人が走って来た。
「お早うッス!」
「スンマセン、遅れました!」
「お、来たか、じゃあ切符買うぞ」
そう言って、切符売り場に歩いていくのぞむちゃんにツッこむ隆二、
「デッサンの評価は......見ないの?」
振り返りもしないで、
「今日の夕方、皆で評価させる」
「そんなー課題は関係無いのかぁ」
晋矢も膝から力が抜けた、部員に励まされながら、トボトボと駅構内へ歩いて行った。

電車の道中は、一旦都市へ出て中央駅で私鉄に乗り換えてさらに二時間程だが、
終着の東島からバスで30分程進むと漸く潮の香りが漂ってきた。
途中沿線沿いに何度か海が見えたが、殆どが海は見えず、
岬のほぼ先端に着いた時の感動はひとしおだった。
宿のある海王町、リアス式海岸の東端に位置する海王崎灯台のある漁村である。
この辺りは海の風景が大変素晴らしく、風景画家も訪れる名勝地で、
この季節はそこ他を歩けば、誰かが絵を描いていた、のぞむちゃん率いる
美術部+二名はバス停から下りて坂の多い迷路の様な細い路地を歩いていく。
「潮の香りがするが、海は何処?」
「おお!ザザムシいっぱい!」
晋矢達にとって海の町は至る所まで、興味津々だった、
「宿はここだ」
のぞむちゃんが看板指差して紹介する、

さざなみ旅館

と書いてある、
美術部は毎年恒例なのだが二人は勿論初めてで、皆について入ったあと
通された二階で男子四名女子六名が二つの大部屋に別けて入った。
「俺は特別室で」
のぞむちゃんは、どうやら個室らしい
「ズルイー、ビールとか特別待遇かい」
とかブー垂れるが、平然と
「大人の特権!」
と勝手を言って、消えていった。
取りあえず、二人は部員男子二人と荷物を下ろす。
早速二人に同級で部員の早野が声を掛けてきた、
「昼食は自腹、昼から夕食まで自由にスケッチタイムだけど、君達どうする?」
「そう言われても、俺達部員じゃないし、海に行きたかっただけだしな」
隆二がぼやく、晋矢は、
「砂浜に行きたいな、どっかにある?」
「ここらは岩場が多いから、無いよ」
「エーッ!うそ、泳げないじゃん」
「君ら泳ぎに来たの?」
「夏の海=海水浴でしょ」
「のぞむちゃんにハメられたね?」
「そうなの?はぁーっ」
ため息をつく晋矢、
「たまには芸術の夏もいいんじゃない」
それを言うなら秋なのだがそれはさておき。
二人は観念した、気張って準備した水着は無駄になった。
後で、二人はのぞむちゃんを責めたが、
「海へ行くかと誘っただけだ。お前ら海水浴したいって聞いてないが、何か」
と正論でにべもなく駆逐された。

結局三日間スケッチする羽目になる、晋矢達だった......






さて、晋矢はさしづめ初日は部長の綾瀬瑠奈に追いていく事になった、隆二も他の部員共々分かれてスケッチに出掛けた。

「なあ綾瀬、風景画って何が面白い?」
灯台が東にみえる場所に決めてスケッチを開始して一時間程、上手く描けない晋矢が聞いてみる、
「写真と違って自分の色を出せる事かなぁ」
「自分の色?」
「うん、風景画はリアルな色で描く必要はないし、その時の気持ちが色に出せるから面白いかもね」
「さすが美術部長、面白い事を言うな」
「誰かさんの受け売りだけどね、晋矢君は今どんな気持ちなの?」
「海で泳げないと解ってムシャクシャしてるかなー」
「じゃ、荒いタッチで描いてみたら?」
言われるままに荒々しく書きなぐる、
「こんな感じ?」
「あはは、良いかもよ!」
「本当かよ?だったら描けそうな気してきた」
「水彩絵の具貸してあげるから、色でもちゃんと表現してみてね」
「オッケー水汲んでくるよ」
きっかけを掴んだ彼は、単純な性格だけに直ぐ風景画に熱中した、お陰で瑠奈に声を掛けられるまで気が付かなかった、
「そろそろ切り上げようよ」
「もうこんな時間かぁ、早かった」
時計は5時を回っていた、促されて瑠奈に絵を見せた、
「へぇー、なる程ぉ」
真っ直ぐな目で晋矢を見つめる瑠奈にたじろく、
「何だよ、俺なりに夢中で描いたんだ、ちゃんと評価しろよ」
「うん、皆は何て言うかなぁ、でも時間が無いよ、急いで片付けましょ」
評価はお預けで二人は急ぎ道具をしまって宿へ急いだ。

生徒は夕食、入浴を済ませて夜8時に男子大部屋に今日の成果を持ち合って集まった、毎日こうして成果を評価し合うのが目的だ。
みんな夏の陽射しで焼けて顔が真っ赤だ、我を忘れて描いていた証しだろう、のぞむちゃんはニコニコして楽しみにしている、瑠奈の音頭で全員が作品を並べて全員で一通り眺める。
「じゃ、順番に自己評価始めて」
そう言うと、一人づつ自分の作品を評価しだした、さすが美術部らしい的確な評価と回りのアドバイスは参考になる。
晋矢と隆二は目から鱗だった、始めての新鮮な経験に戸惑いながら、興味深く評価を聴く、やがて二人の作品も皆は真摯にアドバイスしてくれる。
晋矢のは感情表現があり、色も独特と好評価で、隆二もユニークで初めてにしては好感が持たれた。
「お前ら、以外に才能あるじゃん」
とか、おだてられ笑いを誘ったが、悪い気はしない、いい雰囲気で評価会初日は幕を閉じた。
後はフリーで明日朝食時間に支障がない範疇で自由行動となった。
宿の主人の話では丁度最終の夜に当たる日に花火大会があるという、盆踊りの練習も始まっており、野外は夜でも賑やかで、若い心はそわそわ落ち着かない、
通例なら大人しい部員は外出はしないのだが、部外者二名は自分に正直だった。
のぞむちゃんを説得し、二人を含む有志男子三名、女子三名で野外に出た、男子は早野を含め三人、女子は瑠奈と薫と彼女と仲の良い菜摘の三人だ、揃った処で地元盆踊りの練習会場へ向かった。

会場に近づくにつれ、囃子の太鼓の音が響いてくる、
「何かワクワクするな」
そうはしゃいでいるのは隆二や薫達、やがて会場に着いて、パッとあかるくなった、既に地元の人が結構踊っていた。
「うわー、楽しそう」
そう言ったのは菜摘、薫は最初は見学だけの積もりなのに誰でも参加出来ると知って、居ても立ってもおれずに、他の希望者を誘って踊りの列に加わった。
瑠奈と晋矢が、残って仲間を見守る、
「晋矢くんの作品評価良かったでしょ」
隆二が踊り場から手を振っているのに応えながら、
「君のアドバイスが上手かったから」
「あれ?自信家の晋矢くんらしくない」
「俺を知ってる様な言い方だな」
「私、晋矢君と初対面じゃないよ」
「エッ!昨日会ったばっかりじゃん」
「知らないよね、私はずーっと前から知ってるよ」
「悪い、何時から?」
「三才の時から」
「そんなガキの頃から?」
「幼稚園の時からずーっと一緒だったんだよ」
「ごめんな、知らなかった」
「ううん、いいよ分かってたし、一方的だったから」
「って、何で俺なの?」
「幼稚園の時に、いじめっこから晋矢君私を守ってくれたのよ」
「へえ!俺がそんなことを、我ながらやるじゃん」
「ははは、昔っから自信家だったから」
「そんな気は無かったけど」
「それに、私に絵を教えてくれたの晋矢くんだよ」
「俺が美術部長に?ウッそー」
「これは思い出して欲しいな、だから今の私が居るんだから」
「んな事を言われても、にわかに信じられないぞ」
「ホラ、今日私が言ったアドバイス、元々晋矢くんが私に言ってくれた事」
「エーッツ!マジで」
「本当に覚えて無いんだね、まぁいいや私達も踊りましょ?」
瑠奈は半信半疑の晋矢の背中を押して、踊りの列に加わった。

二日目朝、昨日とうって変わってどんより曇り空で、r朝から辺りは暗かった。
「昼から雨が降るかもしれん」
のぞむちゃんから、今日は余り宿から離れて描かないよう指示があった。
「今日はのぞむちゃんについてっていいですか?」
晋矢はそう申し出た、先生の製作を見てみたかったからだ、勿論快諾してくれたので、後をついていった。
のぞむちゃんは、昨日瑠奈と行った場所と同じ様な位置に腰を下ろす、
「昨日と同じ様な場所だ」
「解ってる、でもよーく風景を見てみろよ」
言われて素直に眺めてみる、
「良く似てるけど、ここの方が灯台が映える様に見える」
「判るか?」
のぞむちゃんの真似をして、両手の指で四角い枠を作り風景を囲んでみる、トリミングと言って画家や写真家が良くやる画角を決める仕草だ。
「昨晩お前、気分を表現したって言ってたな、今日はどうだ?」
「うーん、曇ってるケド何かドキドキワクワクしてる」
「そうか、じゃあ道具は好きなのをかしてやるから、思うように書いてみろ」
「おっしゃ!」
さすがのぞむちゃんはプロだ、色んな画材を持っていた、彼は携帯用の水彩で手早く的確に直接筆だけでスケッチブックに色を載せていく、感心しながらも晋矢はコンテを借りて描き出した。
今日も時間を忘れて描いていた、暫くして、紙の上にポツンと滴が落ちた、
「不味い雨が降りだすぞ、片付けろ」
のぞむちゃんの声に慌てて道具を片付ける、その間に雨脚が酷くなっていく、予報通りにわか雨だった、二人は濡れながらも本降りになる前に宿に着いた。
既に戻って居た者も、やがて帰って来たものも集まった。
「ひゃースッゴい雨!」
遂にどしゃ降りになっていた、皆は部屋に上がろうとしたとき誰かが、
「あれ、部長が居ない」
皆が騒ぎ出すと、のぞむちゃんが、
「誰か見掛けなかったか?」
すると薫が、
「灯台公園の方へ行くのは見かけましたけど」
のぞむちゃんは、
「お前達はここで待っててくれ」
そう言って出ていく、晋矢も反射的に、
「俺も行きます」
そう言って傘をさして出ていった。

暫くして雨が止んだ、心配で女子が玄関で待っていると、三人の姿が見えた、
「あ、帰ってきた」
その声に皆が二階から降りてきた、丁度二人に抱えられて瑠奈が玄関を潜ったところだった。
「大丈夫?部長」
「ごめんなさい、大したこと無い」
そう言って恥ずかしそうに苦笑する、
「慌てて滑って転んだらしい、売店の人に手当して貰ってたから大丈夫だ」
のぞむちゃんが説明し、そのまま二人に抱えられて二階まで運ばれる、部屋に入ってからは女子が面倒を見た。
暫く夕食までの時間は、怪我した瑠奈とのぞむちゃんを残し皆スケッチ行った。
その日の評価会は、瑠奈が未完成なのを除いて全員評価を進めて終わった。

三日目朝、明日は午前中には帰るので今日が丸々時間が取れる最終日だ、各々別れてスケッチに出掛ける、
晋矢は、怪我を案じて瑠奈が無事出掛けた事を確認して、一人宿を出た。
彼としては、最終日なので教わった事の総まとめとして、自分でベストなロケーションを選んで描こうと思い、朝のうちは歩き回った。
所々で絵を描く人を見掛ける、部員とも出会う、隆二にも会ったが今日は一人で描くと言って別れた、彼は灯台の基にある公園へ上っていった。
そこは見晴らしが良くて辺りが見渡せた、ぐるっと公園を回ってベストな風景を見付けたので、手前の木が邪魔にならず見通しの利くところまで降りた。
「ここならいい絵が描けそうだ」
少し移動して座りやすそうな場所をさがす内に目の前に瑠奈を見付けた、
「瑠奈!君もここか」
驚いて彼女が振り返る、
「晋矢くん、どうしてここへ?」
「いい場所探してたら偶然ね、美術部長が選ぶ場所なら最高だろ」
「そうかもね」
「足、大丈夫か?」
隣に座って心配する、瑠奈はバツが悪そうに慌ててかぶりを振る、
「昨日ありがとう、探しに来てくれて」
と言われるも、彼にも探しに行った動機が分からなかったのではぐらかし、
「おー、いい景色だ」
等と言って、トリミングしながらスケッチの用意をする、
「トリミング知ってるんだ」
「昨日のぞむちゃんが教えてくれた」
「今日はいい絵が描けそう?」
「ああ!部長に負けない位ね」
「あー言うわね、それは楽しみネ」
「今日は気分最高だからな」
「そう、私も!」
「いい絵描こうぜ」
二人は、そのまま絵に集中した。

その日の夜の、評価会で二人の絵の風景が同じなのを誰もが気付いていたが、それには誰もが触れなかった、純粋に絵を比較評価してくれた。
皆、三日間でレベルアップしたと、のぞむちゃんは感想を述べた、特別参加の二人にも労い、二学期の美術の成績が楽しみだと冷やかした、二人は恐縮したが充実した日々を送れた事は部員と同じで満足できた。

その後、皆は花火大会に出掛けた。
町内会自慢の5000発の大輪の華が夜空に舞った、その鮮やかな色は海に映って闇の水面を彩る。
大勢が見とれる中で、どちらともなく晋矢と瑠奈は並んで見ていた、花火がはぜる音が胸に響く、晋矢はそれに呼応する様に高揚していた、スッと自然に二人の指が触れた。
瑠奈が照れを誤魔化す様に、花火が彩る海を真っ直ぐ見つめて、
「こんな風景絵にできたらいいな」
「俺も描いてみたい」
どちらともなくお互いの笑顔を見つめた、花火の打ち上げに合わせて歓声が上がる、この瞬間が何時までも続いて欲しいと誰もが願った。


第二話
おしまい




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