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2つのシリーズのオマージュ

 かつて、集英社刊行のコバルトシリーズ文庫で”富島健夫さんのジュニア小説”を片っ端から熟読し、また日本TV界サスペンスドラマの金字塔を打ち立てた”火曜サスペンス”で真犯人探しに明け暮れた青春時代を捧げた?筆者。
 その膨大な作品群で描かれた人間の、ある時は未熟な少年少女のゆれる想いに心ときめかせ、また人間達のしがらみや欲望にゆらぐ心に胸熱くした想いを、オマージュとして書いた小説を公開しようと考えました。

2015年1月30日金曜日

第四話 生徒会長の資格




 青井省吾17歳は、やると決めたらやり抜く男である、そう自分では決めてかかっていた。
故に退っ引きならない事情から、彼は生徒会長に立候補する事になってしまったのである。
 そもそも省吾は生徒会長の器でも無ければ使命感の高い性格でもない、
どっちかと言えば自由奔放で人の前に出るような少年では無かった。

 彼が通うS県立内海高校は、対馬海峡から流れる親潮に抱かれ、瀬戸内の真裏山陰地方の漁師町として、今では漁業と海洋加工業で盛んな市にある中堅の普通高校である。
 これと言って特徴も無いが、地元では進学校としては手堅い学校としてベンチマークになっている。
そういう意味では進学が話題になる時期に必ず名前の上がる学校だった。
「〇〇さんちの〇〇ちゃん、内海から関西の有名大学合格したそうよ」
「あそこは手堅いから、うちの子もあそこの偏差値に合わせておけば行けるかな」
みたいな具合である。
 省吾もこのノリで無難に入った口で、学力はまああるが将来の目標が決まらず取り敢えず入るには打ってつけなのだ。
 その内海高校にあって、生徒会長というのは内申でのステイタスに成りうるバカにできないファクターだ。
これといって内申評価にインパクトの無い彼には動機があったが、ソコまで大胆になれないでいた処に、ひょんな噂が校内を流れる。

゛青井省吾が会長の座を狙っている゛

 根も葉も無いゴシップだった。
省吾本人もそれを知ったのは幼友達の安木光太の友情の密告からだった。
「お前、新藤の向こう張ってガッツあるじゃん!」
 新藤というのは生徒会長立候補筆頭の噂が高い、新藤サトルの事で、今回の選挙は今の所圧倒的な支持を集めていた。
「全く覚えなし」
「マジ?校内じゃすっかりダークホース扱いだ」
「どっからそんなデマがー」
省吾は正直動揺していた、そこへ取り巻き含め新藤が寄ってきた、
「青井くーん、ヤル気満々だねぇ!」
「お、俺は……」
「おっと、今更降りるなんて言わないよね?内申評価上げたいんだろ?」
「あっっ!」
 省吾はその言葉で思い出した。
二日前教室で冗談半分で評価上げるのに会長に成るしかないと、捲し立てた事があったのだ。
どうやら新藤の耳に入ってそれが真に受けられたらしい。
「嫌いじゃないなそういう動機、リアリティがある」
暫く何も返せなかった、それを承知で新藤は追い討ちをかける、
「丁度立候補定員が足らなかった、このままじゃ選挙が成立しないところだった、君に勝ち目は無いけどこの点では助かったよ」
 それを聞いて省吾は悟った、
自分は新藤にハメられたのだ、定員埋めの数合わせに利用されたのだ、と。
 そう思うと段々腹が立ってきた、新藤には勿論だが利用されて何も言えない自分にである。
「ダークホースの意地を見せてやる!ありがとよわざわざエールを贈りに来てくれて」
ニヤッと想定外のうすら笑いを見せる省吾に少したじろぐが、直ぐに平静に戻って、
「へぇ、マジと受け取っていいんだな?お前がソコまでバカとは思ってなかったよ」
そう吐き捨てて新藤は教室を出ていった。
 結構周りは二人のやり取りを気にしていたらしく、省吾と光太が取り残された後も、教室は同情的な空気でシンとしていたが、やがて何もなかった様に戻った。

 昼休み屋上で、光太は二人で寝転んで空を眺める省吾にボソッと呟く、
「何でこうなるかなー」
「あの状況じゃ、男ならああ言うしか無かろう?」
ポツンと孤独な雲が頭上を流れていく、
「お前は何時もエエカッコしいだな、笑って冗談だとかまだ言えたのに、もう遅いぞ」
「おい、光太も俺を追い詰めるのか?」
「自分で言っといて、良く言う!」
「はぁーっつ、どうすべ」
光太はダチとして真剣だった、少し黙って考えて、
「今日中にまともな公約かんがえろ」
「コウヤクぅ、貼るヤツか?」
「アホタレ!俺マジ退くぞ」
「ワルいワルい!でも、急に言われてもな」
「新藤の公約は、内海校を地元の進学校として知名度をあげよう、だ」
「あーん、先生や地元お偉方へのアピール見え見えだな、ヤツらしいぜ」
「これよりアピール度が高くて、高校生らしい公約を探すんだ」
「理屈は解る、でもそんなのがあればとっくにやってるよ」
「単純でも何でもイイ、決めたら誠実に訴えるんだ、今日一日独りで必死に考えろ」
そう言われても簡単じゃない、
それでも省吾は単純な性格だから、取り敢えず腰を上げて行動した。

 帰りは光太と帰らず、何と無く港に足が動いた、
大抵がそうだが彼は悩むと何時も行くところがあった、それは゛ジィ゛のところである。
「省吾、来たか」
 ジィは元気の無い省吾に目も向けず、淡々と漁師網の補修を続けていた。
彼は省吾が小さい頃から尊敬する父方の祖父である、
省吾は祖父を尊敬と親しみを込めてそう呼んできた。
 普段彼は、省吾家族とは独り漁師家に別居し、
七十五歳という高齢にも関わらず、未だ現役バリバリの海の男である。
身体は日に焼け真っ黒で、歳には似合わずたくましい筋肉がシャツの上からも判る。
彼にとって、当に憧れの男の象徴であった。
 省吾は漁師を継がず会社員になった父より、ジィが好きだった。
養ってくれる父は父として尊敬はしている、でも不思議とジィに惹かれる、
省吾の退くに退けない性格もジィの無骨さの憧れ故なのかもしれなかった。
 なので、省吾は自然と気が晴れない時はジィの所に来てしまうのである。
今日もそんな気分だった、孫が何も言わなくても彼には気持ちが透けるように解った、
「何、悩んどる?」
 何時もこんな感じなので、今更心を読まれても省吾は普通に振る舞う、
「うん、生徒会長の公約に困っとる」
「おんし、生徒会の長に成るんか?」
珍しく一寸興奮ぎみに言って手を止める、
「ぶっちゃけ、成り行きでそうなった」
 また補修仕事を続けて、
「男なら退けん事もある、失敗してもええが自分の力だけでやってみぃ?」
「ジィが言うなら腹は決まった、でもどうしたら皆を説得できるかなー」
「誠意だ、人に誠意は必ず伝わる」
「誠意?」
「ひたむきな真心だ、そうだ浜に行ってみろ何か見つかるかも知れん」
 ジィはそれ以上何も言わなかった。
それに聞いても余計な事は言わないと解っていた。
省吾はよし!と気合いを入れて、まずは浜に行く事にした。

 ジィの家を出てその足で浜に来た。
浜というのは日本海を見渡す地元の浅敷海岸の事である。
子供の頃には良く遊びに来たが、マセていくうちに自然に来なくなったいた。
 この辺りで唯一の浜で結構広くて歩くと距離がある、久し振りに歩いてみた。
「懐かしいけど、何か前と違うな、何だっけ?」
 省吾が子供の頃と比べて様子が変わっているようなモヤモヤな気が晴れない、
でも判らない。
「天気もイイ、裸足で歩いてみるか」
 直ぐに脱いで見ると幼少を思いだし何かウキウキしてきて、省吾は裸足で全速ダッシュした。
砂の感触が足裏に心地イイ、浜の末端、あの松林までもうすぐだ!
そう思った瞬間、
「おわっと!」
彼は、何かにつまずいて思いっきり砂にダイブした、
おかげで顔まで砂まみれ、
「うぇー!何なんだ」
 転けた場所を確かめると、砂に半分埋まったバケツだった。
直ぐにそれを蹴る振りをして止めた、そして黙って暫く注視する。
 見ると文字が書いてある。
「何語?ハングル語か、何でまた韓国製」
 改めて冷静になって浜全体を見回した、それでやっとさっきの違和感が理解できた。
 それは、昔と比べて浜中に打ち上げられた漂流物だった。
子供の頃にはこんなのは無かったのだ、ご無沙汰なので何時からかは判らないが、何年かのうちに漂流して貯まったのだろう。
 そう意識して見てみると、その数は凄まじいモノだった。
ざっと見えるものでも数百とあるだろう、埋まっている物を含めればもっとあるに違いない。
「前はキレイな浜だったのにな」
 さっきまでは全く目にも止まらなかった。
人間意識しないとろくに物を見てないものだと、自分勝手に呆れてしまった。
「どうにもヤリきれねえな」
 何と無くそう感じて、近くのバケツを掘り起こし浜の入口隅に置いてその日は帰った。

 翌日、省吾は下校中光太の呼ぶのも無視してまた浜にやって来る。
浜で暫く海を眺めて帰りに網の切れ端を拾って帰った。

 数日省吾はその行為を繰り返した。
意味は無かったが強いて言えば汚い浜を見たくなかったという事か、
それをやがて光太が怪しんで、こっそり省吾の後をつけた事で彼の奇行が発覚した。
「省吾!公約提示まで日が無いのに、何浜で呆けてるんだ?ゴミまで拾って」
その忠告に何も答えず、光太の目を見て言った、
「俺、漂着物を拾って浜をキレイにしたい」
突拍子もない彼の言葉に、言葉が出ない光太、
「見てみろ、この漂着物どこから来てると思う?」
「地元の漁師じゃないのか」
「バカタレ!良く見てみろ」
落ちている浮き輪の表面を指差す、そこには漢字に似た文字が書いてある。
「中国……語?」
光太はハッとなって近くの物を見て回る、
「こっちの瓶はハングルだ」
「こっちのスチロール」
中国語らしかった。
 二人は改めて結構な数の漂着物を確かめてまわった。
一割は日本語表記があったが、殆ど海外から親潮に乗って遠路はるばる流れてきたようだった。
「ひっでぇな、これが現状なのか」
「な?これ見たら居たたまれなくなるだろ」
しかし光太はその数を改めて見回してため息をつく、
「独りじゃ多すぎだろう?」
「だから、皆でっていう公約にできないかって」
「おお!いいぞそれ、公共的効果あるな、環境問題に訴えるか」
「でもな、正直下心でやってるんじゃない、ジィに教えられて悟ったんだ」
「イイよ何でも、よし!明日から宣戦布告だ」
こうして、今日は二人で少し多くの物を片付けた。

 翌日、公約を運営委員会に申告してその下校時から選挙たすきを掛けて校門に立って声を上げて公約を訴えた。
 生徒の流れが落ち着くと浜に行って日が沈むまで片付けをやった。

 選挙期間は一ヶ月、その間省吾は無心に公約を訴え、終われば浜にやって来て漂流物を整理した。
その間その事は誰にも話していないが、二週間も経ったある夕方、選活を終えて浜に来ると誰かが先に来ていた。
 珍しいと思って声をかける、
「何されているんですか?」
振り向いた漁師風の男は浅黒い顔に人懐っこそうに白い歯をみせて答えた。
「お前かぁ?浜のゴミを拾ってるのは」
「そうです、ここは誰も来ないと思ってたのに」
「何言う、ここは地元漁師で知らん者はおらんぞ、片付けに来たんか?」
「はい、子供の頃と変わってて、心が痛むんです」
「そうだな、漁協でも前から問題になってたが、酷すぎてあきらめとったんだ」
「何とかならないでしょうか?」
「お前の努力は無駄にならんよ、漁協から市へもう一度嘆願を出すことになった」
「本当ですか!じゃあ中国や韓国へも働き掛けを?」
「それは色んなしがらみがあって、市も腰重いんよ」
「そうですか」
 それを聞いて、省吾は学校の選活だけでなく、毎朝駅や役所の前でも公約を訴える様になった。
省吾は自分の仕事は増えるし、学業とは関係のない事だったが、今更後には引けなかったし、少しでも地元の問題を何とか出来ればと奮い起った。

 それはたった一人の高校生の善意だった。
 大して漂流物を拾えた訳でもないし、駅などの訴えも細やかなものだったが、
彼の一途な思いはそれを見ていた地元を想う大人の心を動かし、少しずつであるが現実のものとなっていく。
 学校でも省吾が興したムーブメントは若い彼らを揺さぶった。

その結果内海高校の生徒は省吾の公約を高く評価し、選挙では僅差であったが大方の予想をひっくり返してしまった。

 その年から内海高校では全校を挙げて、海岸の美化に務める事を全面に押し出して校風へと変えていく。
 県内でも平凡だった内海高校は、地元の環境に貢献する学校へと変わろうとしていた。
 小さな誠意から人が変わる事を知った省吾は、思い立ったらまずやり続けるのもイイかなと、考え方を変えてみようと思った。



第四話
おしまい

2015年1月24日土曜日

第三話 介護の夢





帰郷した綾部朋華にとって、今日は二度目の奇蹟の出合いがあった、
それは、将来を共に頑張ろうと誓った無二の親友の一周忌に当たるお盆での事だった。
一度目の奇蹟、無二の親友郁未との出会のお話……

ここは都心から南東にあるT県のうみのべ市、東京湾に面した臨海工業地帯、漁業は古くから行われているが、最近は石油原料の化学製品製造が主産業で、何年か前に市町村合併して市になった。
近くには、湾の西側と繋がる海上交通路゛海ほたる゛ができて交通量も増えた。
そんなうみのべ市に生まれながらに住んでいる朋華は、ボランティアするため地元の海之部海浜高校に入った。
読書が好きで夢見勝ちなフワフワした少女が人に役立ちたいと思い立つきっかけはまだ七歳の頃、朋華にはお爺ちゃんが居た、大好きな彼が小学校入学祝いにランドセルを買ってくれた、朋華はそのランドセルを背負うとお爺ちゃんと一緒に居る様に思えた。
ある日、急いでいた彼女は走って学校へ向かう時、交差点一歩手前で転んでしまった、その目の前を暴走する車がけたたましく走り抜けて行く。
気がつくとランドセルがボロボロに擦りむけていた、悲しくなる朋華だがランドセルがクッションなって怪我一つ無くて済んだ、朋華はお爺ちゃんのランドセルが傷付いて自分を責め泣きながら学校へ行った。
その日の午前中、突然先生が朋華を呼び出した、そこで彼女が聞いたのはお爺ちゃんが亡くなったという知らせだった。
最愛の人を亡くした事がショックで、次第に人と接するのを避けるようになる、その頃彼女は読書を覚え、沢山の本を読み耽る事で気持ちをまぎらわした。
小学校を卒業するまで、ボロボロのランドセルを大事に背負い続けた、服装も地味なので学校でイジメの対象になっていたが、朋華はお爺ちゃんと居るようで十分幸せだった。
転ばず交差点に入っていたら恐らく車に跳ねられていたろう、お爺ちゃんが守ってくれたと今でも信じて疑わなかった。
中学生以降は友達も出来たが、高校生になった今も着る服も無頓着で、見た目も眼鏡に三つ編みで大人しそうな文学少女の典型的な容姿をしている。
そんな彼女だが、お爺ちゃん子だった事もあってか、お年寄りとはウマが合った。
こんな自分でもお年寄りは便りにしてくれる、だから彼女は将来介護の仕事をしようと中学で奉仕活動体験をした時から決めていた。
その夢の第一歩として、海之部に入ってボランティアをしている、普段目立たない少女だが介護士になるという、秘めたる熱い思いがあった。


2015年1月17日土曜日

第二話 夏の海は芸術だ!





「海行きてぇ!」
「異論なし!」
多嘉良工業高校窓を開け放った四階、美術室で暑さに耐えながら、4Bの鉛筆を放り投げて、晋矢は唸った。
彼に呼応したのは、同じクラスの隆二。

舞台は海から遥か遠く離れた、中部内陸の盆地にある多嘉良市、日本全国でも屈指の猛暑で有名で、夏のお天気ニュースでは名前を聞かない日はない。
この一帯は陶磁器の生産地としても有名で、平安室町の時代から名だたる名陶工や窯が名を連ねる、窯が熱い為では無いだろうが、ともかくも今年も例に漏れず激暑な夏を向かえていた。

二人は夏休みに入ったと言うのに、初日から登校して石膏像デッサンしていた。
そこへ入ってきたのは、デザイン科名物
顧問の新城望先生、ニヤニヤしながら、
「お早う、デッサン進んでるかー?」
10時になってやっと現れた、
「のぞむちゃんダメだ、こんな暑くちゃあ死にそう、助けてー」
先生の名前は望、あだ名で呼ばれてのぞむちゃんだ、
気さくな性格が結構生徒に慕われている。
「自業自得だろう、チッチッ甘いな」
意に介さずニコニコ笑っている、
「ふえーっ鬼」
「課題のデッサン提出出来なかったのお前達だけだからな」
「10時でこの暑さじゃ昼には茹でタコじゃん」
「だから早いうちに来いと言ったんだ、もう二時間以上経ったろ?
そんだけしか進んでないのは、遅筆過ぎだぞ」
晋矢は、やっとレイアウトが決まってアウトラインだけ、
隆二も最初に切ったセンターラインが目立つ程書き込みが浅かった。
しゅんと項垂れる二人を見て、仕方なく助け船を出すのぞむちゃん、
「しゃーねぇな、じゃあこうしよう」
そう言って二人に、
「今度の月曜から、美術部で海へスケッチ旅行に行くんだが、行くか?」
「スケッチ旅行?」
「海行くんッスか?」
「本来部員限定だが、二人がそれまでにデッサン俺が認める程度に仕上げたら
連れてってやる、どうだ出来るか?」
二人は渡りに船、棚からぼた餅とばかりに食い付いた、
「お願いしますっ!」
「おしっ、じゃあ三日後多嘉良駅前に7時集合な」
そう、吐き捨てて出ていった。

さて三日後の月曜日、朝7時十分前多嘉良駅前には既に部員が全員集まっていて、
そこへのぞむちゃんもやって来た。
「おや、晋矢と隆二は居ないな」
部長の綾瀬瑠奈がのぞむちゃんに、
「あれ、晋矢くん部員じゃ無いですよ」
先生は部員に事情を打ち明けた、
「なる程そうなんだー、でも二人供姿は見てないですケド」
やはりダメだったか、と半分諦めかかった時、バス停の方から噂の二人が走って来た。
「お早うッス!」
「スンマセン、遅れました!」
「お、来たか、じゃあ切符買うぞ」
そう言って、切符売り場に歩いていくのぞむちゃんにツッこむ隆二、
「デッサンの評価は......見ないの?」
振り返りもしないで、
「今日の夕方、皆で評価させる」
「そんなー課題は関係無いのかぁ」
晋矢も膝から力が抜けた、部員に励まされながら、トボトボと駅構内へ歩いて行った。

電車の道中は、一旦都市へ出て中央駅で私鉄に乗り換えてさらに二時間程だが、
終着の東島からバスで30分程進むと漸く潮の香りが漂ってきた。
途中沿線沿いに何度か海が見えたが、殆どが海は見えず、
岬のほぼ先端に着いた時の感動はひとしおだった。
宿のある海王町、リアス式海岸の東端に位置する海王崎灯台のある漁村である。
この辺りは海の風景が大変素晴らしく、風景画家も訪れる名勝地で、
この季節はそこ他を歩けば、誰かが絵を描いていた、のぞむちゃん率いる
美術部+二名はバス停から下りて坂の多い迷路の様な細い路地を歩いていく。
「潮の香りがするが、海は何処?」
「おお!ザザムシいっぱい!」
晋矢達にとって海の町は至る所まで、興味津々だった、
「宿はここだ」
のぞむちゃんが看板指差して紹介する、

さざなみ旅館

と書いてある、
美術部は毎年恒例なのだが二人は勿論初めてで、皆について入ったあと
通された二階で男子四名女子六名が二つの大部屋に別けて入った。
「俺は特別室で」
のぞむちゃんは、どうやら個室らしい
「ズルイー、ビールとか特別待遇かい」
とかブー垂れるが、平然と
「大人の特権!」
と勝手を言って、消えていった。
取りあえず、二人は部員男子二人と荷物を下ろす。
早速二人に同級で部員の早野が声を掛けてきた、
「昼食は自腹、昼から夕食まで自由にスケッチタイムだけど、君達どうする?」
「そう言われても、俺達部員じゃないし、海に行きたかっただけだしな」
隆二がぼやく、晋矢は、
「砂浜に行きたいな、どっかにある?」
「ここらは岩場が多いから、無いよ」
「エーッ!うそ、泳げないじゃん」
「君ら泳ぎに来たの?」
「夏の海=海水浴でしょ」
「のぞむちゃんにハメられたね?」
「そうなの?はぁーっ」
ため息をつく晋矢、
「たまには芸術の夏もいいんじゃない」
それを言うなら秋なのだがそれはさておき。
二人は観念した、気張って準備した水着は無駄になった。
後で、二人はのぞむちゃんを責めたが、
「海へ行くかと誘っただけだ。お前ら海水浴したいって聞いてないが、何か」
と正論でにべもなく駆逐された。

結局三日間スケッチする羽目になる、晋矢達だった......


2015年1月12日月曜日

第一話 好きだからバスケ



明日香は今年晴れて中学生になった。

小谷明日香は、滔々と波が寄せる潮名の浜をずーっと見てきた。

この浜がある津南市は東に大平洋を望む海と、西の太古いにしえの杜に挟まれた漁業で栄えた町である。
彼女は、祖母の背中で浜の波音を子守唄に幼少を過ごし、根の明るい父母の背を見ながらスクスク素直で活発な子に育って来た。
その明日香が、中学生になったら始めたい事があった、それを入学式が終わって、翌日に申し込みに行く、彼女は予め調べておいたメモに書いた名前を便りに職員室へ走った。

「蛯名先生いませんか?」
「あー俺だが」
「バスケ部に入れてください!」
「ほう、いいぞ」
周りの先生は彼女を、何好き好んでと言った顔で見ているが、蛯名先生はニヤニヤしていた。
海南中学女子バスケ部は、県下で弱小だった、男子も良くは無いが女子の順位は下から数えた方が早い位で、ここ10年来地区大会落ちで県大会に名前も聞かない程だった。
それ以前は何度か優勝候補にも上がっていた事もあったらしいが、今ではパッとしない部だった。
唯でさえ弱く人気も無い為、顧問も高齢で一時は廃部の噂も囁かれたが、去年漸く若い顧問に代わってはいたものの、部員が少ない上に、春に三年生が抜けてから四人しか居なくなり、この四月何とか顧問の努力で五人の一年生が入部しているといった状態だ。
だからと言うのも変だが部の雰囲気は、センパイ後輩の関係が余り無くて、部活以外は上下の関係なく友達の様に話すような所があった。

明日香は、弱小を承知の上にあえてバスケ部に入部した、動機は一年生でもがんばり次第で、試合に出れるチャンスがあると思ったという単純な憧れからだ。
ふとした事からバスケに興味を持って、直ぐにでも試合がしたかったのだが、いくら運動神経に自信があるにしても、それまで全くシロウトの彼女には敷居が高かった。
でも海南中はメンバーが少なく、こんな自分でも何とか成ると単純に思ったのである。
それに短期間で試合に出れそうなのは、何事も辛抱が続かない彼女の性格からして、何物にも替え難いメリットだった。
でも流石に簡単なルールしか知らない彼女が直ぐ試合させて貰える訳はなく、暫くは良くても補欠だろう。

入部後それなりに厳しい練習がが続いた五月、海南中バスケ部は練習試合をする筈だったのだが、相手校にやって来てみると一寸雲行きがおかしなことになっていた。
連絡を入れてあったにも関わらず、体育館は誰も居ない、
「絶対変だ、ちゃんと言ってあるよね」
「間違いないと思うよ」
「一寸職員室行って聞いてくるね」
そう言って副部長の梨花子が走って行った、その間待たされる事になる。

その後数人の女生徒と梨花子が戻ってくる、何か揉めているようだ、
「私達と試合なんて百年早いわよ」
「何で名門のウチらと、海南中なの?」
「本当に申込みしたの?」
相手校の女生徒は言いたいことを捲し立てていて、梨花子は防戦一方の様だ。

合流した生徒は向かい合う形になった、海南中部長の香澄が前に出て、再度確認する、
「今日、鹿島中と練習試合をするつもりで来たんだけど、どういう事ですか?」
それに鹿島バスケ部の部長らしき生徒が答える、
「私達全く聞いてないよ」
「そんな!」
海南の生徒がざわつく、鹿島の部長が続ける、
「今顧問見当たらないのよ」
「ちゃんと時前に申し込んで、受けてもらってるんだから、試合して下さい!」
「本当なの?」
部長が小声でメンバーに再確認する、
「さっき顧問に確認したら、忘れてたって、ホントらしい」
と言うことらしい、部長は悪戯っぽい顔になって、
「顧問がその位だから、遊んでやればって事ね」
そうほくそ笑んでから、
「このまま帰ってもらっては失礼だし、丁度ウォーミング終わったところだから、相手になるわ」
部長以下鹿島中メンバーは不敵な笑みを浮かべた。


2015年1月11日日曜日

晴れて海青し

海のある町を舞台にした少年少女達の青春とは?
7編の青春オムニバス。