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2つのシリーズのオマージュ

 かつて、集英社刊行のコバルトシリーズ文庫で”富島健夫さんのジュニア小説”を片っ端から熟読し、また日本TV界サスペンスドラマの金字塔を打ち立てた”火曜サスペンス”で真犯人探しに明け暮れた青春時代を捧げた?筆者。
 その膨大な作品群で描かれた人間の、ある時は未熟な少年少女のゆれる想いに心ときめかせ、また人間達のしがらみや欲望にゆらぐ心に胸熱くした想いを、オマージュとして書いた小説を公開しようと考えました。

2015年1月30日金曜日

第四話 生徒会長の資格




 青井省吾17歳は、やると決めたらやり抜く男である、そう自分では決めてかかっていた。
故に退っ引きならない事情から、彼は生徒会長に立候補する事になってしまったのである。
 そもそも省吾は生徒会長の器でも無ければ使命感の高い性格でもない、
どっちかと言えば自由奔放で人の前に出るような少年では無かった。

 彼が通うS県立内海高校は、対馬海峡から流れる親潮に抱かれ、瀬戸内の真裏山陰地方の漁師町として、今では漁業と海洋加工業で盛んな市にある中堅の普通高校である。
 これと言って特徴も無いが、地元では進学校としては手堅い学校としてベンチマークになっている。
そういう意味では進学が話題になる時期に必ず名前の上がる学校だった。
「〇〇さんちの〇〇ちゃん、内海から関西の有名大学合格したそうよ」
「あそこは手堅いから、うちの子もあそこの偏差値に合わせておけば行けるかな」
みたいな具合である。
 省吾もこのノリで無難に入った口で、学力はまああるが将来の目標が決まらず取り敢えず入るには打ってつけなのだ。
 その内海高校にあって、生徒会長というのは内申でのステイタスに成りうるバカにできないファクターだ。
これといって内申評価にインパクトの無い彼には動機があったが、ソコまで大胆になれないでいた処に、ひょんな噂が校内を流れる。

゛青井省吾が会長の座を狙っている゛

 根も葉も無いゴシップだった。
省吾本人もそれを知ったのは幼友達の安木光太の友情の密告からだった。
「お前、新藤の向こう張ってガッツあるじゃん!」
 新藤というのは生徒会長立候補筆頭の噂が高い、新藤サトルの事で、今回の選挙は今の所圧倒的な支持を集めていた。
「全く覚えなし」
「マジ?校内じゃすっかりダークホース扱いだ」
「どっからそんなデマがー」
省吾は正直動揺していた、そこへ取り巻き含め新藤が寄ってきた、
「青井くーん、ヤル気満々だねぇ!」
「お、俺は……」
「おっと、今更降りるなんて言わないよね?内申評価上げたいんだろ?」
「あっっ!」
 省吾はその言葉で思い出した。
二日前教室で冗談半分で評価上げるのに会長に成るしかないと、捲し立てた事があったのだ。
どうやら新藤の耳に入ってそれが真に受けられたらしい。
「嫌いじゃないなそういう動機、リアリティがある」
暫く何も返せなかった、それを承知で新藤は追い討ちをかける、
「丁度立候補定員が足らなかった、このままじゃ選挙が成立しないところだった、君に勝ち目は無いけどこの点では助かったよ」
 それを聞いて省吾は悟った、
自分は新藤にハメられたのだ、定員埋めの数合わせに利用されたのだ、と。
 そう思うと段々腹が立ってきた、新藤には勿論だが利用されて何も言えない自分にである。
「ダークホースの意地を見せてやる!ありがとよわざわざエールを贈りに来てくれて」
ニヤッと想定外のうすら笑いを見せる省吾に少したじろぐが、直ぐに平静に戻って、
「へぇ、マジと受け取っていいんだな?お前がソコまでバカとは思ってなかったよ」
そう吐き捨てて新藤は教室を出ていった。
 結構周りは二人のやり取りを気にしていたらしく、省吾と光太が取り残された後も、教室は同情的な空気でシンとしていたが、やがて何もなかった様に戻った。

 昼休み屋上で、光太は二人で寝転んで空を眺める省吾にボソッと呟く、
「何でこうなるかなー」
「あの状況じゃ、男ならああ言うしか無かろう?」
ポツンと孤独な雲が頭上を流れていく、
「お前は何時もエエカッコしいだな、笑って冗談だとかまだ言えたのに、もう遅いぞ」
「おい、光太も俺を追い詰めるのか?」
「自分で言っといて、良く言う!」
「はぁーっつ、どうすべ」
光太はダチとして真剣だった、少し黙って考えて、
「今日中にまともな公約かんがえろ」
「コウヤクぅ、貼るヤツか?」
「アホタレ!俺マジ退くぞ」
「ワルいワルい!でも、急に言われてもな」
「新藤の公約は、内海校を地元の進学校として知名度をあげよう、だ」
「あーん、先生や地元お偉方へのアピール見え見えだな、ヤツらしいぜ」
「これよりアピール度が高くて、高校生らしい公約を探すんだ」
「理屈は解る、でもそんなのがあればとっくにやってるよ」
「単純でも何でもイイ、決めたら誠実に訴えるんだ、今日一日独りで必死に考えろ」
そう言われても簡単じゃない、
それでも省吾は単純な性格だから、取り敢えず腰を上げて行動した。

 帰りは光太と帰らず、何と無く港に足が動いた、
大抵がそうだが彼は悩むと何時も行くところがあった、それは゛ジィ゛のところである。
「省吾、来たか」
 ジィは元気の無い省吾に目も向けず、淡々と漁師網の補修を続けていた。
彼は省吾が小さい頃から尊敬する父方の祖父である、
省吾は祖父を尊敬と親しみを込めてそう呼んできた。
 普段彼は、省吾家族とは独り漁師家に別居し、
七十五歳という高齢にも関わらず、未だ現役バリバリの海の男である。
身体は日に焼け真っ黒で、歳には似合わずたくましい筋肉がシャツの上からも判る。
彼にとって、当に憧れの男の象徴であった。
 省吾は漁師を継がず会社員になった父より、ジィが好きだった。
養ってくれる父は父として尊敬はしている、でも不思議とジィに惹かれる、
省吾の退くに退けない性格もジィの無骨さの憧れ故なのかもしれなかった。
 なので、省吾は自然と気が晴れない時はジィの所に来てしまうのである。
今日もそんな気分だった、孫が何も言わなくても彼には気持ちが透けるように解った、
「何、悩んどる?」
 何時もこんな感じなので、今更心を読まれても省吾は普通に振る舞う、
「うん、生徒会長の公約に困っとる」
「おんし、生徒会の長に成るんか?」
珍しく一寸興奮ぎみに言って手を止める、
「ぶっちゃけ、成り行きでそうなった」
 また補修仕事を続けて、
「男なら退けん事もある、失敗してもええが自分の力だけでやってみぃ?」
「ジィが言うなら腹は決まった、でもどうしたら皆を説得できるかなー」
「誠意だ、人に誠意は必ず伝わる」
「誠意?」
「ひたむきな真心だ、そうだ浜に行ってみろ何か見つかるかも知れん」
 ジィはそれ以上何も言わなかった。
それに聞いても余計な事は言わないと解っていた。
省吾はよし!と気合いを入れて、まずは浜に行く事にした。

 ジィの家を出てその足で浜に来た。
浜というのは日本海を見渡す地元の浅敷海岸の事である。
子供の頃には良く遊びに来たが、マセていくうちに自然に来なくなったいた。
 この辺りで唯一の浜で結構広くて歩くと距離がある、久し振りに歩いてみた。
「懐かしいけど、何か前と違うな、何だっけ?」
 省吾が子供の頃と比べて様子が変わっているようなモヤモヤな気が晴れない、
でも判らない。
「天気もイイ、裸足で歩いてみるか」
 直ぐに脱いで見ると幼少を思いだし何かウキウキしてきて、省吾は裸足で全速ダッシュした。
砂の感触が足裏に心地イイ、浜の末端、あの松林までもうすぐだ!
そう思った瞬間、
「おわっと!」
彼は、何かにつまずいて思いっきり砂にダイブした、
おかげで顔まで砂まみれ、
「うぇー!何なんだ」
 転けた場所を確かめると、砂に半分埋まったバケツだった。
直ぐにそれを蹴る振りをして止めた、そして黙って暫く注視する。
 見ると文字が書いてある。
「何語?ハングル語か、何でまた韓国製」
 改めて冷静になって浜全体を見回した、それでやっとさっきの違和感が理解できた。
 それは、昔と比べて浜中に打ち上げられた漂流物だった。
子供の頃にはこんなのは無かったのだ、ご無沙汰なので何時からかは判らないが、何年かのうちに漂流して貯まったのだろう。
 そう意識して見てみると、その数は凄まじいモノだった。
ざっと見えるものでも数百とあるだろう、埋まっている物を含めればもっとあるに違いない。
「前はキレイな浜だったのにな」
 さっきまでは全く目にも止まらなかった。
人間意識しないとろくに物を見てないものだと、自分勝手に呆れてしまった。
「どうにもヤリきれねえな」
 何と無くそう感じて、近くのバケツを掘り起こし浜の入口隅に置いてその日は帰った。

 翌日、省吾は下校中光太の呼ぶのも無視してまた浜にやって来る。
浜で暫く海を眺めて帰りに網の切れ端を拾って帰った。

 数日省吾はその行為を繰り返した。
意味は無かったが強いて言えば汚い浜を見たくなかったという事か、
それをやがて光太が怪しんで、こっそり省吾の後をつけた事で彼の奇行が発覚した。
「省吾!公約提示まで日が無いのに、何浜で呆けてるんだ?ゴミまで拾って」
その忠告に何も答えず、光太の目を見て言った、
「俺、漂着物を拾って浜をキレイにしたい」
突拍子もない彼の言葉に、言葉が出ない光太、
「見てみろ、この漂着物どこから来てると思う?」
「地元の漁師じゃないのか」
「バカタレ!良く見てみろ」
落ちている浮き輪の表面を指差す、そこには漢字に似た文字が書いてある。
「中国……語?」
光太はハッとなって近くの物を見て回る、
「こっちの瓶はハングルだ」
「こっちのスチロール」
中国語らしかった。
 二人は改めて結構な数の漂着物を確かめてまわった。
一割は日本語表記があったが、殆ど海外から親潮に乗って遠路はるばる流れてきたようだった。
「ひっでぇな、これが現状なのか」
「な?これ見たら居たたまれなくなるだろ」
しかし光太はその数を改めて見回してため息をつく、
「独りじゃ多すぎだろう?」
「だから、皆でっていう公約にできないかって」
「おお!いいぞそれ、公共的効果あるな、環境問題に訴えるか」
「でもな、正直下心でやってるんじゃない、ジィに教えられて悟ったんだ」
「イイよ何でも、よし!明日から宣戦布告だ」
こうして、今日は二人で少し多くの物を片付けた。

 翌日、公約を運営委員会に申告してその下校時から選挙たすきを掛けて校門に立って声を上げて公約を訴えた。
 生徒の流れが落ち着くと浜に行って日が沈むまで片付けをやった。

 選挙期間は一ヶ月、その間省吾は無心に公約を訴え、終われば浜にやって来て漂流物を整理した。
その間その事は誰にも話していないが、二週間も経ったある夕方、選活を終えて浜に来ると誰かが先に来ていた。
 珍しいと思って声をかける、
「何されているんですか?」
振り向いた漁師風の男は浅黒い顔に人懐っこそうに白い歯をみせて答えた。
「お前かぁ?浜のゴミを拾ってるのは」
「そうです、ここは誰も来ないと思ってたのに」
「何言う、ここは地元漁師で知らん者はおらんぞ、片付けに来たんか?」
「はい、子供の頃と変わってて、心が痛むんです」
「そうだな、漁協でも前から問題になってたが、酷すぎてあきらめとったんだ」
「何とかならないでしょうか?」
「お前の努力は無駄にならんよ、漁協から市へもう一度嘆願を出すことになった」
「本当ですか!じゃあ中国や韓国へも働き掛けを?」
「それは色んなしがらみがあって、市も腰重いんよ」
「そうですか」
 それを聞いて、省吾は学校の選活だけでなく、毎朝駅や役所の前でも公約を訴える様になった。
省吾は自分の仕事は増えるし、学業とは関係のない事だったが、今更後には引けなかったし、少しでも地元の問題を何とか出来ればと奮い起った。

 それはたった一人の高校生の善意だった。
 大して漂流物を拾えた訳でもないし、駅などの訴えも細やかなものだったが、
彼の一途な思いはそれを見ていた地元を想う大人の心を動かし、少しずつであるが現実のものとなっていく。
 学校でも省吾が興したムーブメントは若い彼らを揺さぶった。

その結果内海高校の生徒は省吾の公約を高く評価し、選挙では僅差であったが大方の予想をひっくり返してしまった。

 その年から内海高校では全校を挙げて、海岸の美化に務める事を全面に押し出して校風へと変えていく。
 県内でも平凡だった内海高校は、地元の環境に貢献する学校へと変わろうとしていた。
 小さな誠意から人が変わる事を知った省吾は、思い立ったらまずやり続けるのもイイかなと、考え方を変えてみようと思った。



第四話
おしまい

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