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2つのシリーズのオマージュ

 かつて、集英社刊行のコバルトシリーズ文庫で”富島健夫さんのジュニア小説”を片っ端から熟読し、また日本TV界サスペンスドラマの金字塔を打ち立てた”火曜サスペンス”で真犯人探しに明け暮れた青春時代を捧げた?筆者。
 その膨大な作品群で描かれた人間の、ある時は未熟な少年少女のゆれる想いに心ときめかせ、また人間達のしがらみや欲望にゆらぐ心に胸熱くした想いを、オマージュとして書いた小説を公開しようと考えました。

2015年2月1日日曜日

第五話 春色の夏よやって恋


 葵未花子はため息をついた、進級して初の学年別定期テストでダントツTOPだった。
それなら普通喜びそうなものだが、彼女にとっては憂うつなのだった。
 そもそもこの学校、海田南高校に入った動機は仲良しだった中学の同級生達と一緒の学校へ進学したいが為で、学力に相応していなかった。
他意は無かったが、結果苦労して入った同級生に邪推と妬みを買って何かに付け反感を買うことになる。
 仲良しの二人とも海田へ入って間もなく疎遠になり、二年生になった今でも彼女への風当たりのある空気が三人に壁を作っていた。
 未花子はこの学校で唯一入って良かったと思うことがある、それは校舎から海が見える事だ。
海田南高校は文字通り海田市でも海が広がる最も南にあって、市内の高校でも一番海に近いロケーションなのだった。
 彼女の自宅は海田市でも最も北の端ににある丘延町にある、海までバスで20分程掛かるほど遠い事もあって幼少の頃より海に憧れていたから、海が一望出来るこの学校は気に入っていた。
 返して言えば彼女にとって、周りに気を使わなくてはならなくなった今では、それ以外には何の魅力もないと言えなくもない。
将来的に上京して名の有る大学受験可能な彼女には、この学校の学力レベルは低いけれども、ハナに掛けた事は一度もない、かと言って手を抜く訳にもいかず、実力通りの結果が出ることは自明であった。
 また、格下の学校に余裕で入った上にコケにされていると、相変わらず陰口を叩く生徒は少なくないがイジメに遇うことは無かった。色んな点で目立つし、何より彼女のからっとした人柄はその対象にするにははばかられたし、気配りを怠らない彼女を評価する生徒も多いという事なのだろう。
 さて、試験結果に一喜一憂するクラスメートをさりげなくフォローしつつ、その場を離れる未花子に廊下の端から手招きする少女が居た。
 未花子は自ら小走りで彼女に近づいてニッコリ笑って、声をかける、
「櫻ちゃんから声かけてくれるなんて嬉しいな、久しぶりね」
「ゴメンね、うち等から離れちゃってそれ以来……」
「ううん!いいのそんな事、どうかしたの?」
「ちょっと相談があるの」
「私が役に立つなら、いいよ」
唐突な、仲良しだった春日櫻の接近に驚きがらも、未花子は彼女の相談に付き合う事にした。
「ラブレターの代筆頼みたいの!」
「エエッツ?嘘」
櫻の頼みに天と地がひっくり返りそうな心地だった。



呼び出されて校舎横、自転車置場の隅の目立たない所で辺りを確かめて彼女は頭を下げてきた。
しかし彼女その後にはモジモジ顔を真っ赤にして、幸せそうな気配を漂わせている。
 未花子は戸惑いはしたが、彼女がとてもイジらしく映った。
もう既に初夏も過ぎようとするのに、何か春の香りが漂ってくるような思いになる、思わずほほえましくなて昔通りの口調になり、
「羨ましいなぁ、櫻は今が春なんだね」
その言葉に、一瞬ぴくっと反応して櫻も昔通りの口調で言った、
「やっぱ未花子にしか相談出来ないの」
嬉しかった、五年の付き合いは未だ未だ消えていなかったと安堵した、
でもちょっと困った、
「櫻、私だってラブレター何て書いた事無いよー」
「あたし文章下手だし、未花子頭いいから」
「でも櫻の一生がかかるかも知れないのに、上手く表現する自信無い」
「でも、お願いっつ!」
櫻の目はうるうるしている、切羽詰まっている雰囲気全開で訴える。
結局寄りきられて受けてしまった。
 後で思えば、櫻は確信犯だったに違いないと、自宅で参考書のグラフを見ながら未花子は後悔した。
「私、何でいっつもこうなるんだろう?」
有り体に言えば人が好いのだろう。
頼まれると断れない性格は、彼女の人生に於いて良きにも悪きにも影響を与えてきた。
 しかし今回は本気で困った。
異性と付き合った事も無い彼女にラブレターなど、しかも親友の人生が決まるかもしれない決定権を握ったも同然である、責任重大であった。
 青春真っ直中の彼女には、自分の為に愛の告白を書きたい処だが、その点ネンネの未花子は只々悶々とするばかりで、その日は勉強が手につなかった。
 翌朝、未花子は櫻を呼び出した。
まず取材だと思ったのである、全く相手の事を知らなかった。
「櫻、相手は誰なの?」
「言えなーい」
「相手の事も知らずに、書けっていう事?」
「うーん、照れるなぁ」
「お願い、誰にも言わないって約束する」
「……2組の田中啓二君」
未花子と同じクラスだが顔が思い浮かばない、とりあえず必要と思った事を聞き出して、
「解った、調べてみるね」
それでその日は別れた。
 教室に戻って早速教室中を眺めてみる。
彼の特徴を聞いているのでそれを頼りに探すが、見つからない。
そもそも彼女の証言に客観性があるのか怪しい。
「もしかして、彼?」
何時も三人で固まっていて、
彼以外の二人は眼鏡をかけている、
この条件を満たす生徒は一人しか居なかった。
でも他の条件は全く合わない、
「アバタもエクボ、だな」
 櫻は、彼に恋するが故にかなりの部分過大評価しているようだ。
それでも彼女は出来るだけ彼の良いところを見付け出してメモしておいた。
 実は恋愛経験の無しの未花子にも意中の彼は居て台場光太郎という。
未花子とは小学校から同じ同郷で、小学校3年に同じクラスになって以来一途に思いを通してきたものの、奥手な彼女は中学卒業後彼の進学先も判らず、引っ越したとの噂を聞いて片想は終わった。
 更に数日、未花子は櫻を呼び出す。
ラブレターの草案が出来たので早速読んでもらうためだ。
 渡してその場で彼女は読もうとしないので気持ちを察して、
「読んだら感想聞かせてね」
とだけ言ってその日は別れた。
素っ気ない様に思うが、櫻は本当は直ぐにでも読みたいだろうと思ったからだ。
 未花子は、彼女の反応を想像しながら自分の作文力がどう評価されるか?
ドキドキしながら2組の教室へ戻ろうと歩く途中廊下、
未花子は固まった。
 4組の教室の前でバッタリ逢った男子が向かって来る、
彼も未花子に気付いた。
相手はあっと言った顔になったが、小さく会釈して教室に入っていった、
未花子は動けず暫し廊下で立ったままだった。
 その後一日中未花子は勉強が身に付かなかった。
 放課後珍しく彼女は海岸に行った、何となく海を見たくなったのだ。
改めて海岸に来たのは海田南に入学直後以来である。
 未花子は近くのさざ波を見ると、今の自分の気持ちを覗いている様で、努めて遠くの波が霞んで見える方角を見ながら、思いっきり動揺していた。
 4組教室前の廊下で出会った彼は初恋の君、台場光太郎だったのだ。
逢わなくなって二年経った彼は身体も男らしく背も見上げる様に高くなっていた、
「同じ学校に居たなんて」
急に接近して来たみたいで心の距離感が保てない。
そのせいか酸素を失って消えかかった火種が急に酸素を得て燃え上がる様なもので、以前より彼への思いが急に強くなるのを意識した。
 4組には咲希というもう一人の仲良しが居た。
今の処以前の櫻の様に疎遠だが、思いきって未花子から接近した。
すると彼女も機会を伺っていたようで、直ぐ打ち解ける事ができた。
 早速未花子は咲希に台場光太郎の事を聞いてみる、
「前から居たっけ?」
軽い感じできいてみる、咲希は気付かない様子だ、
「そう、今年転向してきたの」
「そっかぁ、だからかぁ……うんうん」
しきりに頷く未花子に不審に思い咲希は、
「何一人納得してるの、彼に気があるとか?」
「イエイエ、クラスメイトが、ね!」
辛うじて言い訳する、それには納得して、
「あたしは彼氏居るから関心無いけど、クラスじゃ結構女子のポイント高いみたいよ」
「そうなの?」
ちょっぴり胸が苦しくなる。
「サッカーやってて、成績優秀でルックスもまあまあだしね、そのクラスメイト良い目してる」
クラスメイトは仮想で、実は自分である、
「そうだね、後なんか知らない?」
「でも男子の話だと、好きな人居るみたいだよ」
「本当、それ!」
未花子は締め付けられる思いで叫んでしまった。
「誰かは言わないから、ガセかもしれないけどネ」
「うう……」
 その後、話題が変わって休み時間一杯咲希と雑談したが、未花子は内容を全く覚えていなかった、
「聞くんじゃ無かった」
思いきり後悔していた、開きかけの花びらが急に萎んだ様な気持ちだった。
折角運命の出会いと期待も膨らんでいた矢先でこれだ、露骨に彼女は溜め息を繰り返した。
 また更に数日後に未花子は櫻に呼び出された、読んだ結果についてであろう。
会ってみるとやはりそうで、相当気に入ってくれてこの草案をほぼそのまま本稿にする事になった。
 草案を持ち帰って自宅で本稿を書こうとするが、気持ちが乗らなかった。
咲希から聞いた事が耳から離れない、この状態で恋文など書きようが無かった、
「誰だろう?」
台場光太郎の意中の人、色々想像しては頭を振って掻き消す、
「でも、逢ったとき私を覚えてた、もしかして?」
そんな淡い期待が一瞬頭を支配するが、客観性の無さに自ら言い訳する。
「直ぐに無視して教室にはいったし」
本命が自分ならそうはしないだろうとも思う。
 こんな心理状態がその後暫く続いて、気が付くと二週間が経っていた。
 散々悩んだ挙げ句に彼女は決意した。
こんな悶々とした気持ちは彼女は自分に相応しくないと思い、櫻のラブレターと別に自分の為に、もう一通のラブレターを一生懸命書いたのである。
櫻の方は大分前に渡してある、そろそろ結果が出る頃だ。
それを前に次は自分が告白する時だ。
 櫻と2組の彼との結果は聞く勇気が出ず、敢えて避けていた。
 未花子は彼の居る咲希に真実を打ち明け、台場光太郎と会える機会作りを頼んだ。
そして今日の放課後、遂に海岸へ呼び出す段取りになった。
 咲希はどうやら、櫻の方の結果を知っている様だったがそれでも聞けず。
咲希も敢えて言おうとしなかった、そしていよいよ放課後になる。
 さすが未花子は緊張でガチガチだった。
それを案じて咲希は最後に励ましてくれた、
「未花子達ステキだよ!これからも親友で居ようね」
「結果がどうであっても女の友情は揺るがないよ」
「何弱気になってる、葵未花子!自分を信じろ、アナタは魅力的な娘だよ」
「ありがと、咲希と親友で良かった」
「大丈夫!彼は待ってるよ、行ってこい!」
「うん、ガンバる!」
 未花子は決意して浜のある道の向こう側へ走って行く、それを見送りながら咲希は呟いた、
「櫻も未花子も、良かったね」
彼女はにっこりと微笑んで呟いた。
 夏も始まろうとするのに春色の海が何時までも白い波を運んでいた。
第五話
おしまい

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