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2つのシリーズのオマージュ

 かつて、集英社刊行のコバルトシリーズ文庫で”富島健夫さんのジュニア小説”を片っ端から熟読し、また日本TV界サスペンスドラマの金字塔を打ち立てた”火曜サスペンス”で真犯人探しに明け暮れた青春時代を捧げた?筆者。
 その膨大な作品群で描かれた人間の、ある時は未熟な少年少女のゆれる想いに心ときめかせ、また人間達のしがらみや欲望にゆらぐ心に胸熱くした想いを、オマージュとして書いた小説を公開しようと考えました。

2015年2月6日金曜日

第六話、スプリンターの意地


「瑞原先生、好きですっ!」

 藪から棒に、この春に研修教員として3年で国語を受け持つ瑞原茜にラブレターを突き付けたのは、茜が担当するクラスの生徒、主藤恭介だった。
 恭介は、彼女が4月から研修でここ天海商業高校に赴任したときから一目惚れだった。
 思ったことは直ぐ行動に移す彼だが、瑞原先生に告白したのは7月なって漸くだった、三ヶ月を要したのは決して彼が奥手だった訳ではない。
彼は陸上部で短距離代表として6月の県大会出場が決まっていて部活に集中していたからだった。
 人一倍負けん気が強くてポジティブな性格、容姿も結構イケているので、女子にも評判もいい彼の告白は絶対成功すると確信していた。
 しかし瑞原先生は、徹夜で書いた渾身の名文(自分ではそう思っている)を、ろくに読みもせずこう言い放った、
「ハハハハハ、ゴメンね私、年上しかダメなの」
一瞬耳をうたがったが惨敗だった、でも諦めない、
「俺の気持ちはマジです!」
「ありがと気持ち嬉しいよ、でも年下にはトキメかないの。主藤クンならもっとステキな娘が見つかるよ」
その後も先生は恭介の良いところを揚げて、その勇気を讃えてくれたのだが、彼には逆効果だった。
 若さというか、情熱というか、益々彼を勢い付かせてしまった。
収拾がつかなくなった上に、登校時間が迫っていた、
「分かりました、じゃあ私に一つでも勝ったら、考えてあげてもいいわ」
これで恭介は納得して、教室に入った。

 その昼休み、茜は自分に充てがわれた机で手製の弁当を食べている時に、声を掛けられて振り向いた、
「木戸先生!」
かつての恩師、木戸先生がクリクリした目で笑っていた、茜はこの天海商業高校の同窓生で、当時木戸先生のもとで学んでいた、
「瑞原が先生になるとはな、お前も丸くなったもんだな」
「木戸先生のお陰です、あの頃は普通の高校生活が嫌で尖ってワルばっかりやってましたから」
「一途過ぎなんだろうな、若いって事はそう言うことだよね」
 茜は、在学中は学校に馴染めずいわゆる非行に明け暮れていたが、当時から木戸先生は彼女の本心を見抜き復帰出来るように世話を焼いてくれた。
そのお陰で何とか高校を卒業でき、大学に進んで教師の通を選んだのである。
研修で母校を選べたのは幸いだった、お陰で恩師に今の自分を見てもらうことも出来たのだった。

 同じ昼休み、木陰で恭介と親友の今野が涼んでいた、
「浮かない顔だな」
「俺、研修教員の瑞原先生に告白した」
「何っ?あの研修教員か?ハキハキ明るそうだが、一瞬影か愁いが漂う目が印象的だな」
「そうなんだ!なんか護ってあげたみたいな」
「恭介イイ目をしてるわ、彼女着痩せするタイプだがスーツの中は結構イイ身体してるぜー」
「お前溜まってんのか?俺は真剣なんだ、あの人をエロ眼鏡で見るなよ」
「恋せよ男子か、どうせ研修終わればバイバイなんだから、思う存分やってみれば?」
恭介は何で勝てるのか?思案し出した。

 恭介は通学路を、毎日自転車で登下校している。
 学校が海の見える高台にあって、街を外れると直ぐ長い坂になる。
陸上部の彼には足を鍛えるのに好都合だったが、朝は相等キツい登りになるので、殆どの生徒は最初から降りて自転車を牽いて登る。
 それは恭介とて同じで普段は坂の途中で歩くし、頂上の校門まで自転車で上ろうとは誰もし無かった。
茜も実家が遠いので現役当時と同じ様に、通勤用に自転車を新調して通った。
 二人はほぼ同じ時刻に坂を通るので、恭介は前方に茜を見つけると、追い付こうとペダルを早漕ぎして速度を上げたものの、今日は差がありすぎて途中で息切れて校門までに追い付けなかった。
 恭介が瑞原先生に勝てるとすれば脚力しかない、彼の学力では教科で勝てる見込みは皆無と言っていいし、他にこれと言って秀でた芸も無かった。
 そんな中、恭介はあることに気づく。
瑞原先生はあれだけキツい坂を、スイスイ自転車を降りる事なく登っていくのだ、それは脚自慢の彼にとって驚異であり何より屈辱だった。
その事が彼のスポーツマンとしての闘争心に火を点けた、それからはまっしぐらだ、瑞原茜を坂で抜き去る事、それ一点に夢中になった。

 茜がある朝坂を登っていると、後ろの方でガシャガシャペダルを漕ぐ音がした、後ろを振り向くと恭介が鬼の形相で坂を登り出すのが見えた。
距離があって追い付けないだろうと、彼女はそのまま漕ぎ続けると、段々と後ろの漕ぐ音が遠くなって校門を潜る間際に坂の下を振り返るが、恭介の姿は見えなかった。

 そんな事がここ一週間程続いていたので、週末茜は恭介に授業終了後雑談の時に尋ねてみた、
「主藤クン毎朝脚鍛えてるんだ、感心ね」
すると返ってきた返事は呆れたものだった、
「瑞原先生に勝つためです!」
 一緒に雑談している生徒にその真意は解る筈も無いが茜には解った。
自分が彼に出任せに言った約束を覚えていたのである。
「そ、そうなんだ」
 茜はちょっと困った。
確かに何でも良いから自分に勝てば条件を飲むとは言ったが、まさかこんな事で挑戦してくるとは。
「せいぜい、頑張ってね」
「はい!期待に応えて見せます」
彼はやる気満々に様だ。
 でももし本当に彼が坂で抜いてしまったら?
いやそれはあり得ない、うんあり得ないと自分を説得する茜。
何か変にドキドキするのは何故だろう?
そう思いながら、皆と別れて職員室へ戻った。

 自宅に帰り、茜の部屋で今日の事を振り返る。
茜は授業後に必ず生徒と雑談をして交流を欠かさない、自分が現役の頃は荒んだ高校生活でろくな思い出が無い分、今教師に成ってこの時期の大切さを思い知らされていた。
 彼女からは、彼ら後輩が青春真っ直中でキラキラ輝いて見えるのである。
茜は彼らとせめて話すことで、自分の青春を取り戻そうとする自分を見た。
 そんな未熟な自分に憧れる男子生徒がいる、生徒たちとの雑談の中で聞こえるのは、その彼の誠実さだ。
 主藤恭介は陸上部の短距離走選手だという。
三年生なので部活動は最近控え気味の様だが、普段から真面目に部活に汗するアスリートとの評判だった。
現在彼女は居ないが、ソコソコ女子にも人気があるらしく、正しく青春を地でいく爽やかな青年である。
茜は当時の自分にからすると最も嫌いなタイプであったが、今思えばそんな自分が素直に成れなかっただけかもしれない。
 恭介には、出任せで言ったことが、妙に頭から離れなくなっていた。

 一方恭介は自宅で勉強に励んでいた、彼は茜を好きになる事で、その想いの力を前向きに原動力に出来るポジティブさを持っていた、
「ヨシッ、今日はこの辺にしとくか」
ペンを置いて背伸びをした、結構からだが固くなっているのが判る、携帯で時間を見ると午前5時を回っていた、夜は明けていた。
 恭介は、夕食後少し休んだら直ぐ寝て夜中起きて勉強した、秋までは夜型で過ごす事にしていた。
「さて、そろそろ行くか!」
自分に喝を入れて、早朝ランニングに出ていった。

 今日こそは必ずと決意して毎日家を出るが、なかなかどうして瑞原先生に追い付けないのが腹立たしい。
可能な限り坂の前から助走してベストの進入速度で坂を上がるが、どうしても途中で失速する。
 恭介は必死だ、夏休みまで一週間程で暫く先生とも会えなくなる、それまでに追い抜きたいと気は競った。
「坂途中で失速する、そうか!脚力が足りないんだ。ヨシッ直ぐ足を鍛えるぞ」
それからは、脚の持久力アップを目指して朝晩トレーニングに勤しんだ。
 週末木戸先生は茜を飲みに誘ってくれた、呑む時も先生は優しく当時の苦労話で盛り上げてくれた。
 その翌日土曜休みに茜の家に、研修中仲良くなった生徒達が遊びに来た。
さすがクラス全員は家に入れないので、六名に限定したがその中に恭介は居なかった。
選定は生徒達に任せたにしても茜は少し物足りない印象だった。

 週明け朝、今日も登校時には恭介は後ろから追ってきた、茜はその日は必死にこいで逃げてしまった。
 翌朝、恭介は昨日以上にまくしてきた、しかしあと一歩で追い付けなかった。
その後校舎に入ったのは殆ど一緒だったが、挨拶以外恭介は何も言わない。
汗まみれの彼の顔がチラッと見に妙に男らしかった。
 次の朝も恭介は追い上げてきた。
茜は何故かドキドキしてとても後ろを振り返れなかった。
今日はどこまで追い上げているんだろう?
ガシャガシャとペダルを漕ぐ音が少しづつ大きくなる、
恭介の一生懸命の顔が脳裏に浮かんでくる。
 こうなれば、自分はペースを落とそうか?
そんな気持ちに成りかけた時で校門に着いた、後ろで、ガシャという音が虚しく止んだ。

なんだろう、この苦しい気持ちは?

 彼は本当に私を好きなんだ、無心で約束を達成しようとする思いが後ろから伝わってくる。
だが、今日も恭介は挨拶だけして先に行ってしまった。

 週末金曜日一学期最終日である、茜は緊張していた。
勿論一学期を無事やり遂げた最終日という緊張があるが、もうひとつ恭介が約束を達成したらどうなるだろう、という緊張である。
 年下の少年に翻弄される?先生の立場を採れという理性と、女性として純粋に彼の思いにときめく感情が交錯して、茜はどうしたらいいか混乱するばかりだ、
「ダメダメ!しっかりしなきゃ」
 その内自分と葛藤していて坂に着いてしまう、止まっている間も、生徒が挨拶して通りすぎていく、我に返って漸く茜は坂を自転車で登り出した。
登り始めて直ぐ、今彼が抜いてくれれば゛ズルいゾ゛とはぐらかすことができるが彼は未だ来ない。
 更に進んで中間迄来た、ここからは冗談は通らないが無かった事にしてと頼む勇気がまだあった、でも例のペダルを漕ぐ音は聞こえて来ない。
「どうしちゃったの?今日が最後じゃ無かったの?」

そう漏らしてはっとする、
゛私、主藤クンの事好きになってる……゛

 茜の本音に気付いて動揺する、
゛ダメっ、今日は学校休んで!゛

 このままの気持ちで追い抜かれたら、自分を律する事が出来そうに無い!
このままいっそ恭介が来ない方がいい!
と自分勝手に懇願していたが、その時、

ガシャガシャ……!
「えっつ?」
「勝ったーーーーっつ!」

 一瞬何が起こったか解らない。
見ると先に校門を抜ける恭介が満面の笑みでガッツポーズをしている、
「約束だからね!」
そう言って消えていく、
「電動自転車が、抜かれちゃったの?」
さっき迄のさんざんの葛藤は何だったのか、悩む余地無く決着はついてしまう。
「はぁ仕方ないな、約束だからね!」
茜はふっ切れた様で、力強くペダルを踏んで、恭介の後を追うように校門を潜っていった。


第六話
おしまい

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