Translate

2つのシリーズのオマージュ

 かつて、集英社刊行のコバルトシリーズ文庫で”富島健夫さんのジュニア小説”を片っ端から熟読し、また日本TV界サスペンスドラマの金字塔を打ち立てた”火曜サスペンス”で真犯人探しに明け暮れた青春時代を捧げた?筆者。
 その膨大な作品群で描かれた人間の、ある時は未熟な少年少女のゆれる想いに心ときめかせ、また人間達のしがらみや欲望にゆらぐ心に胸熱くした想いを、オマージュとして書いた小説を公開しようと考えました。

2015年2月13日金曜日

第七話 晴れて海蒼し

「北の海が暗いって誰が決めたんだ!」
「昨日雲って暗かったよ、お兄ちゃん」
兄、晃一は決意を込めて海に叫ぶ、
妹、舞鶴は意味を理解出来ずに答えた。

 確かに北の海の様子は変わり易く今日晴れで海は鉛色、
でも兄が海に、いや妹に伝えたかったのは心の有り様の話だったが兄13歳、妹は9歳二人ともまだ幼く別れを上手く表現するには不器用だった。

 日本一長い川が流れ、その肥えた流域に広がる米中心の穀倉地帯として有名な日本海に面したN県。
 兄妹もそんな自然豊かな土地に生まれ育った、兄晃一は、思慮深く家族思いな青年、妹舞鶴は、素直で素朴な兄思いの少女だった。
 この年二人の両親が亡くなり、兄は東京の親戚へ引き取られ、妹は地元N市の伯母が預かる事になり、先の会話はいよいよその別れに、生まれてより親しんだ北の海を前にしての会話だった。

 その別れから数年、兄晃一が上京をして以来高校生なろうとしていた、親戚夫婦とも打ち解けて家族同然に暮らしていた。
 この伊勢原夫婦には子供が居なかったので、引き取ってからというもの晃一を大事に育てた、今年晴れて有名私立大学系列の高校に進学することに決まって、家族としての順風な毎日を過ごせた。

「どうだ、春休み中に三人で北陸の海で美味しい海産物でも食べに行くか」
「北の海は暗くて嫌だな、どうせだったら房総へ連れてってよ、春だしお義母さんが喜ぶし」
「そうか?晃一の入学祝だ、お前がそう言うならそうしよう」
「受験準備で親身に世話してくれた、お義母さんこそ主役じゃなくちゃ」
「母さん喜ぶぞ」
結局、行き先は房総の海に決まりそうだ、晃一はそれで良いと思ったが、義父と息子同士まだお互い気を使っている空気が残っていた。

 そんな何不自由無く生活する晃一だが、心の奥底で気になる事があった、ある時街中で中学生の少女達が楽しそうに歩いていたのを見て、
「妹もあの娘達位になってるかなぁ」
そう思う事があった、久しぶりに会ってみたい気にもなった。
 そう思うと、旅行は北の海の方が良かったか?と半分後悔もする、でもお世話になる身分で一人勝手な行動は気が引けるし、今更妹も会えば彼女の生活にさざ波を起こすことになり兼ねない。
 迷った末に晃一は、会わない方が言いと自分を制した。

 それから数日、いよいよ房総行きが決まろうとする時、義父から思わぬ話を持ち掛けられた。
「養子縁組を真剣に考えている」
驚きはしたが晃一は少し考えて、
「嬉しいことです」
「本当か?養子になるという事は、坂出晃一では無くなるという事だ」
「亡くなった家族、妹と他人になるという事ですか?」
「法律上だけで無く、真に私達の息子になって欲しいから、良く考えて欲しい」

 自分一人だけならこれ程幸運な事は無いだろう、しかし晃一には先祖があり、何より生きている妹が居るのだ、彼女の幸せは兄の責任であり、それを見届けない限り軽い返事は出来ない。
 晃一は帰郷を決心し、義父に了承を得て新幹線に乗った、新学期学校が始まる二日前だった。

 到着して直ぐ晃一は妹の舞鶴の居場所を確認すべく親戚の家に電話したが不在で連絡取れなかった、途中在来線に乗り替え生まれ故郷に向かう。
 両親の墓に花をたむけてお参りをして、思うところあって久しぶりの海岸に向かった。

 北の海は、本当に天気がよく変わる、さっきまでの晴天が海に来たときにはどんより曇っていた、その海の色は晃一の今の気持ちを代弁していた、眺めていて思わず言葉が漏れる。
「北の海は暗いからやだな」
「北の海が暗いって誰が決めたの?」
聞いたような声に振り向くと、少女が立っていた、
「海が明るいか、暗いかは見る人の気持ち次第でしょ?私達を育ててくれた海にそんな事言っちゃダメよ!」
「お前……舞鶴なのか?」
妹はすっかり大人びていて、最初判らなかった。
「お別れの時に言ってくれた言葉、解った、お兄ちゃんが言いたかった事」
「どうしてここに来たんだ」
「こっちに来たって聞いて、ここに来るだろうと思って」
「そうか、会えないと思ったよ」
「さっき私が言った事、お兄ちゃんが私に言ったのよ、覚えてるよね」
「そんなこと言ったっけ」
「一人ぼっちになる私を元気付けるために言ってくれたんだよね?」
「今更どっちでもいいよ」
「よくない!二人にとってとても大事な事だわ」
「ごめん、そうだな」
「ありがとうね、私そう思って元気にしてるから、お兄ちゃんこそ大丈夫?」
「うん、いい両親で凄く良くしてくれてるけど……」
「けど、何?何かあったの」
晃一は躊躇っていた。
 その時ポツンポツンと雨滴が落ちだし、直ぐに雨脚が早くなってきた、兄は妹をかばいながら近くの松林に走って雨宿りした。
 松の枝は雨を凌ぐには少し心許なく、葉を伝って雨水が時々滴ってくる、兄はそれで少しでも濡れないように妹に上着をかぶせてやった。
 やがて、雨は少しづつ弱まってはいったが暫く降りつづく、その間二人は何も語らず、目の前の海の変わり様を眺め続けていた。
 空の変化と伴って雨脚の変わり様、そしてそれらによって変わる海の色や様子を、刻々変わっていく海の表情を、二人は真っ直ぐ見続けた。

 次第に西の雲間から空が覗き、光の筋が一本、また一本と海に差し込むと、そこから海は劇的に表情を変えていく。
 やがて浜の雨は上がり、二人が浜に歩きだしたころには、雲は東へ去って綺麗な夕陽が浜全体を茜色に染めていた。
 夕陽に輝く波に見とれる振りして、お互い目を合わせようとしない二人、陽は段々沈み浜の影から暗くなっていく、その大事な瞬間を逃すまいと、唐突に舞鶴が声を絞り出す、
「舞鶴は、離ればなれでも、何があってもずーっとお兄ちゃんの妹だから」
言い難そうだった兄の言葉をずーっと考えていたのだろう、そんな迷いを妹は察していた。
「こっちの事は任せて、私も大丈夫だから」
「舞鶴!」
その時初めて兄は妹を見た。
 妹は、今すぐ泣き崩れそうなのを健気に耐えていた、兄を見るのを躊躇っている、思わずいとおしさに抱き締めた。
晃一の胸のなかで堰を切った様に舞鶴は泣きじゃくった、晃一も泣いた。

 暫く泣いて、妹もやがて泣き止んだらお互いの目を初めて見た。
「舞鶴の目は、お母ちゃんみたいにやさしいな」
「兄ちゃんの目も、父ちゃんみたいに暖かい」
「俺たち、滅多に会えなくなるけどこれからも家族だからな」
「うん」
 二人の影が砂浜に長く延びていた、北の海は二人を見まもるように静かに波を打ち寄せていた。

 日も沈んで、晃一は舞鶴と一緒に新潟市内の伯母さんの所へ寄った、挨拶を済ませて初めて今回の事実を打ち明けた、皆は驚いたが晃一の立場を理解し、最後にはみな祝ってくれた。
伯母さん達は彼に、
「舞鶴を責任をもって幸せにするから心配するな」
と胸を張ってくれた、何度もお辞儀をする兄妹、やがて夜も新幹線最終便に間に合うギリギリの時間になった。
「そろそろ帰らないと」
「うん解ってる、じゃ」
 晃一は玄関まで出て、挨拶するここで別れるつもりで一人を歩き出すが、暫くしたら後ろから舞鶴が追い付いてきた、
「いいよ、寒いから帰れ」
「伯母ちゃんが送っていけって、帰りは迎えに行ってやるからって」
「そうか」
 兄はそれ以上否定せず、二人で駅までの路地を歩いていった。

 駅までたわいもない事で盛り上がり、新潟駅に着いた、車両は既に停車していてまもなく発車しようとしていた。
慌てて駅のホームまで走る二人、発車のベルが鳴る中で何とか車両に乗り込んだ晃一。

 ホームに人は余り居ない、静かなホームに最終確認する車掌と兄妹の二人、何か話したようだがベルで良く聞こえない、やがてドアが閉まり、妹は残った。
 ゆっくり進む車両を見守る舞鶴、

 最後の汽笛をならして、新幹線はホームから見えなくなった。

 新幹線は兄を乗せて東京へ走る、駅では
舞鶴が何時までも上りの方角を見つめていた、駅員が、
「お客さん、ホーム閉まりますよ、寒いですから構内へお戻りください」
そう促されてホームをゆっくり降りていった。

 晃一と舞鶴の兄妹の絆は、北の海で強く結ばれて、それぞれの新しい青春を歩んで行くのだろう。

第七話
おしまい

これにて全七話完了です。
読んでいただきありがとうございました。

0 件のコメント:

コメントを投稿