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2つのシリーズのオマージュ

 かつて、集英社刊行のコバルトシリーズ文庫で”富島健夫さんのジュニア小説”を片っ端から熟読し、また日本TV界サスペンスドラマの金字塔を打ち立てた”火曜サスペンス”で真犯人探しに明け暮れた青春時代を捧げた?筆者。
 その膨大な作品群で描かれた人間の、ある時は未熟な少年少女のゆれる想いに心ときめかせ、また人間達のしがらみや欲望にゆらぐ心に胸熱くした想いを、オマージュとして書いた小説を公開しようと考えました。

2015年1月24日土曜日

第三話 介護の夢





帰郷した綾部朋華にとって、今日は二度目の奇蹟の出合いがあった、
それは、将来を共に頑張ろうと誓った無二の親友の一周忌に当たるお盆での事だった。
一度目の奇蹟、無二の親友郁未との出会のお話……

ここは都心から南東にあるT県のうみのべ市、東京湾に面した臨海工業地帯、漁業は古くから行われているが、最近は石油原料の化学製品製造が主産業で、何年か前に市町村合併して市になった。
近くには、湾の西側と繋がる海上交通路゛海ほたる゛ができて交通量も増えた。
そんなうみのべ市に生まれながらに住んでいる朋華は、ボランティアするため地元の海之部海浜高校に入った。
読書が好きで夢見勝ちなフワフワした少女が人に役立ちたいと思い立つきっかけはまだ七歳の頃、朋華にはお爺ちゃんが居た、大好きな彼が小学校入学祝いにランドセルを買ってくれた、朋華はそのランドセルを背負うとお爺ちゃんと一緒に居る様に思えた。
ある日、急いでいた彼女は走って学校へ向かう時、交差点一歩手前で転んでしまった、その目の前を暴走する車がけたたましく走り抜けて行く。
気がつくとランドセルがボロボロに擦りむけていた、悲しくなる朋華だがランドセルがクッションなって怪我一つ無くて済んだ、朋華はお爺ちゃんのランドセルが傷付いて自分を責め泣きながら学校へ行った。
その日の午前中、突然先生が朋華を呼び出した、そこで彼女が聞いたのはお爺ちゃんが亡くなったという知らせだった。
最愛の人を亡くした事がショックで、次第に人と接するのを避けるようになる、その頃彼女は読書を覚え、沢山の本を読み耽る事で気持ちをまぎらわした。
小学校を卒業するまで、ボロボロのランドセルを大事に背負い続けた、服装も地味なので学校でイジメの対象になっていたが、朋華はお爺ちゃんと居るようで十分幸せだった。
転ばず交差点に入っていたら恐らく車に跳ねられていたろう、お爺ちゃんが守ってくれたと今でも信じて疑わなかった。
中学生以降は友達も出来たが、高校生になった今も着る服も無頓着で、見た目も眼鏡に三つ編みで大人しそうな文学少女の典型的な容姿をしている。
そんな彼女だが、お爺ちゃん子だった事もあってか、お年寄りとはウマが合った。
こんな自分でもお年寄りは便りにしてくれる、だから彼女は将来介護の仕事をしようと中学で奉仕活動体験をした時から決めていた。
その夢の第一歩として、海之部に入ってボランティアをしている、普段目立たない少女だが介護士になるという、秘めたる熱い思いがあった。




さて、朋華達ボランティアは車椅子散歩を終えて、施設゛養生院゛に戻る、
「やあ御苦労様、ありがとう」
そういって、付き添っていた介護士の佐竹まどかが労いの言葉を皆にかける、中に入るとあとは専属介護士が替わって車椅子を引いて中へ入っていった。
最後に佐竹が生徒達を労う、生徒も一斉に、
「お疲れ様でーす」
皆挨拶して各々帰るが朋華は独り残り、
「まどかさん、ちょっと良いですか?」
「綾部さんね、どうかした?」
「あ、皆さんの仕事について伺いたいんです」
「介護士のこと?」
「はい、お時間少し良いですか?」
「介護士になりたいの?いいわこっち来て」
そう言って事務室で佐竹まどかは、朋華に介護士の仕事について色々と教えてくれた、思ったより大変ではあるものの、それだけにやりがいを感じて気持ちを新たにする。

明日も見学の約束をし、まどかにお礼を言って施設を出る、町の中心街へ歩きながら考えた。
自分が今しているのは、介護士付き添いの下車椅子散歩だけでさほど体力は要らない、しかし実際介護士になれば相当の体力勝負になりそうだと思った。
どちらかと言うともやしっ娘である自分にはハードルは相当高そうで一瞬気持ちが落ち込む、しかし直ぐにお爺さんお婆さんの喜ぶ笑顔が浮かんで力が湧いて、
「気持ちは誰にも負けない」
死んだお爺ちゃんにしてあげられなかった事をしてあげたい、その気持ちが有る限りやり通せると決心する、そうすると不思議と気持ちが安らいだ。
途中で時間を確かめると2時半だった、夕方まで時間がある、朋華はもう少し介護を調べようと図書館へ足を向けて軽い足取りで歩き出した。

図書館はもう何度足を運んだことだろう、朋華には自分の庭のように慣れていた、その館内に入るなり大きな声がしたのでビックリした、
「教えてくれませんか!」
受付で説明を受けているショートヘアの女の子、その屈託の無い快活な姿に妙に新鮮味を感じた。
あまり見ない子、その時はそう感じただけで通りすぎて目的の職業コーナーに本を探しに向かう。
少女も職業のブースを確認して書棚の間へ消える、ゆっくりカニ歩きで横歩きしながら指で目的の業種を辿る、二人が同時に同じ本を見つけて、
「あった!」
そう思った瞬間ドンと何かにぶつかった、
「きゃっ!」
少女が声の先に振り向くと、小さな悲鳴をあげて転げているのは朋華の方だった、
「ごめんなさい!大丈夫ですかー?」
とっさで大声が出て周りを振り返ったが、誰も気付かなかったのにホッとして、転んだ朋華に手を添え、
「怪我無いですか?前に夢中になってて」
朋華はむくりと起き上がり一緒に立つ、二人は介護職の本の前で立っていた、
「大丈夫、しゃがみ込んでじっとしてたから気づかなくて当然です」
「不注意で済みません、本当に何とも無いですか?」
「ありがとう、介護しようとしてる自分が介護されちゃダメですねー、あれあなたさっきの」
少女はキョトンと目を円くしているのを見て、
「あなたも介護のコーナー探してたのね」
「お姉さんも、介護士になるんですか?」
「はは、もやしちゃんだけど成れればって」
「わぁーあたし郁未、榛名郁未って言います、あたしも関心あってここに来ました」
「そうなんですか、私は朋華、綾部朋華と言います」
「こんな偶然あるんだステキ!お友だちになりません?」
彼女のペースに押し切られ首を縦に振って、落とした本を拾い埃を落とす仕草をして大事に抱えると、
「もっとお話しませんか?」
郁未が誘ってきた、朋華は首を引っ込めて口に人差し指をあてがうポーズをとって頷いた、二人は受付の横にある談話室に入って向かい合って座る。
郁未が朋華の制服を見て、
「海之部海浜女子高校のですよね?そういえば昼間交差点で海之部の生徒達みかけましたよ」
「あー私達だ、自主的にボランティアしてるんだ」
「自主的にボランティア?偉いなぁ」
「そんな偉くないです、介護士の仕事はあれだけじゃじゃないし」
「あたし人と接するのが好きで、何か人に役立つ仕事をしたいと思って」
「営業の仕事はどうなの?」
「あたし頭良くないけど体力は自信あります、押し売りは苦手、でも人が喜ぶ笑顔が大好きなんです」
「私とおんなじだぁ!」
「綾部さんの様子見てたときのお婆ちゃんの笑顔忘れられない、あんな笑顔を作れる仕事なら是非チャレンジしたいんです」
「笑顔を作る仕事か面白い表現ですね、笑顔が貰えるから頑張れる、私達気が合うかもしれないですね?」
「海之部って言えば、高校生ですよね?あたしチューボー綾部さんは年上、気さくに話して下さい」
「ははは、人付き合い下手だから、それに体力も無いもやしっ娘だし」
「そんなことない!さっきだってお婆ちゃんにあんなに親しそうに話してたじゃないですか、綾部さんは人に優しくしてあげられる人だからいいんです」
「ありがとう、榛名さん」
「郁未とか郁未ちゃんでいですよ、年下ですから」
「郁未ちゃん、じゃあ私も朋華ちゃんで呼んでね?」
「じゃあ、ともっちって呼んで良いですか?仲良しみたいステキ!宜しくお願いします」
「こちらこそ、一緒に頑張ろうね」
郁未は友達を作るのが上手だ、内向的で人見知りな朋華と直ぐに打ち解ける、郁未は初対面なら尚更、人と直ぐ仲良くなるのが上手だった。
とてもウマが合う郁未を朋華は、明日佐竹まどか介護士に紹介しようと思った。

翌日、待ち合わせの五分前に養護施設゛養生院゛に朋華がやって来た時には既に郁未は来ていた。
「まどかさんお早うございます!あ、郁未ちゃん早いですね、お早う」
朋華は改めて郁未と介護士のまどかさんを紹介、三人は挨拶をして気持ちよく朝を迎える。
まどかが二人に今日の予定を伝える、そして施設の中受付で名前記入したその後時間の許す限り、二人は介護の仕事を見学した。
まどかはその様子を良いところ悪いところ包み隠さず見せた、それで二人が諦めるならそれでいいと思っていた、でも朋華達は見ることすべてに感動の眼差しで一喜一憂し何より一生懸命だった。
お年寄りに混ざってイベントも楽しんだ、そうしてあっという間に時間は過ぎて見学は終了、三人はミーティングをした、
「見学御苦労様、どうだった?」
「思った以上に大変で責任の重い仕事と言うのが少し解った気がします」
そう答えたのは年上の朋華、郁未は、
「付いていくのが精一杯で、でもこの仕事は本当に必要とされる仕事だなと思う」
「過酷な所もあえて見て貰ったけど、あー言う事もしなければならないのよ、それに場合によっては憎まれる事もある、それでも一旦始めたらやめるわけにはいかない」
「でも、私はそれ以上に介護を受ける人の笑顔が忘れられません、それがあれば続けられるような気がします」
と朋華、郁未は、
「あたしは亡くなった両親の替わりと言ったら何ですが、出来なかった分何かしてあげたいと思います」
「二人ともその志はとても大切な事、決して忘れないでね、ところであなた達はヘルパーの資格を取るわよね?」
朋華が答える、
「もちろんですけど難しいですよね、私トラベルヘルパーに興味があるんですけど」
「最近需要が増えている職種ね、介護が必要な人でも旅行できるようサポートするお仕事ね」
「素敵!じゃあ介護を受けている人でも家に閉じ籠らなくても良いんですね」
「そうね、でも最近やっと始まったばかりで、一部の民間でしか提供されていないらしいわ、もっと全国に普及するには、対応できる人を増やさなきゃ」
「じゃあ、これからのお仕事だ!」
「介護士の仕事と、プラス旅行添乗員の能力が必要だからハードルは更に高くなる」
「テレビの特番で知って、大変そうだけど夢のある仕事だな、と思ったの」
「ともっち、すごいな」
「介護士はこれからもっと多様化する、あなた達が、大人になって介護士になったらあなた達は若いから、介護だけに頼らず可能性を拡げて欲しいな」
朋華達にとって今回の体験は、よりお爺さんお婆さんの笑顔が印象に残ったのは間違いなかった。
帰り際、郁未は朋華にキラキラ目を輝かせて、
「夢を持つってスゴいことだよね!ともっちに出会えて本当に良かったよ、一緒に頑張ろうね!」
彼女は握手を求めてきた、朋華もしかと握り返して、
「郁未ちゃんとならガンバれそうだな」
二人はお互いの決意を新たに確認し合い、それ以来二人はお互いを励まし合って助け合った、お互い芽生えた強い絆はこのままずーっと続くと疑わなかった。

それから三年の月日が流れた、朋華は海之部を卒業して東京の介護専門学校に通っていた、お盆の今日は久し振りに郷里に戻っている。
目の前のお墓に手を合わせて拝む、お爺ちゃんに報告するつもりだった、それを済ませた後なのに彼女はもう一束百合の花をもっていた、同じお寺の少し奥にもう一つ手を合わせるお墓があった、
゛榛名家代々之墓……郁未 十五才゛
墓石の横に彫ってある名前、これは夢を一緒に実現しようと近いあった無二の親友、榛名郁未の墓だった、彼女は知り合って一年も経たない内に夢半ばで突発性の病で亡くなっていた。
拝みながら朋華は泣いた、
「奇蹟の出会いだったのに、二人で頑張ろうって約束したのにね、淋しいよ」
短かったが、郁未の情熱や一途さに何度助けられたろう、生きていれば誰にも愛される介護者になっていただろうと思うと、悔しくて嗚咽が止まらなかった。
「郁未ちゃんに負けない介護士になるよ」
朋華は声に出して誓った、その時後ろで気配がしたので、慌てて涙を拭って振り向く、二十歳位の女性がニッコリ微笑んでいた、
「郁未のお友達?」
朋華は驚いた、髪型や笑顔が当時の郁未ソックリで生き返った様な錯覚を覚えた、
「郁未さんとは一緒に介護を学んでいました!」
女性は驚いてから更に笑顔を増して、直ぐ握手を求め手を差し延べてきた、
「郁未の姉の望海です、私も妹の意志を継いで介護士目指してます、ヨロシクね」
朋華も手を出して握手に応じた、姉の手はとても暖かかった。
この出会いは新しい奇蹟だと思った、
親友の夢がこうして紡がれていく、こんな嬉しい事は無かった、思わず気が緩んで涙が出た、

姉は優しく朋華を抱き締めてくれた、
まるで郁未が支えてくれているようだった。


第三話
おしまい

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