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2つのシリーズのオマージュ

 かつて、集英社刊行のコバルトシリーズ文庫で”富島健夫さんのジュニア小説”を片っ端から熟読し、また日本TV界サスペンスドラマの金字塔を打ち立てた”火曜サスペンス”で真犯人探しに明け暮れた青春時代を捧げた?筆者。
 その膨大な作品群で描かれた人間の、ある時は未熟な少年少女のゆれる想いに心ときめかせ、また人間達のしがらみや欲望にゆらぐ心に胸熱くした想いを、オマージュとして書いた小説を公開しようと考えました。

2015年1月12日月曜日

第一話 好きだからバスケ



明日香は今年晴れて中学生になった。

小谷明日香は、滔々と波が寄せる潮名の浜をずーっと見てきた。

この浜がある津南市は東に大平洋を望む海と、西の太古いにしえの杜に挟まれた漁業で栄えた町である。
彼女は、祖母の背中で浜の波音を子守唄に幼少を過ごし、根の明るい父母の背を見ながらスクスク素直で活発な子に育って来た。
その明日香が、中学生になったら始めたい事があった、それを入学式が終わって、翌日に申し込みに行く、彼女は予め調べておいたメモに書いた名前を便りに職員室へ走った。

「蛯名先生いませんか?」
「あー俺だが」
「バスケ部に入れてください!」
「ほう、いいぞ」
周りの先生は彼女を、何好き好んでと言った顔で見ているが、蛯名先生はニヤニヤしていた。
海南中学女子バスケ部は、県下で弱小だった、男子も良くは無いが女子の順位は下から数えた方が早い位で、ここ10年来地区大会落ちで県大会に名前も聞かない程だった。
それ以前は何度か優勝候補にも上がっていた事もあったらしいが、今ではパッとしない部だった。
唯でさえ弱く人気も無い為、顧問も高齢で一時は廃部の噂も囁かれたが、去年漸く若い顧問に代わってはいたものの、部員が少ない上に、春に三年生が抜けてから四人しか居なくなり、この四月何とか顧問の努力で五人の一年生が入部しているといった状態だ。
だからと言うのも変だが部の雰囲気は、センパイ後輩の関係が余り無くて、部活以外は上下の関係なく友達の様に話すような所があった。

明日香は、弱小を承知の上にあえてバスケ部に入部した、動機は一年生でもがんばり次第で、試合に出れるチャンスがあると思ったという単純な憧れからだ。
ふとした事からバスケに興味を持って、直ぐにでも試合がしたかったのだが、いくら運動神経に自信があるにしても、それまで全くシロウトの彼女には敷居が高かった。
でも海南中はメンバーが少なく、こんな自分でも何とか成ると単純に思ったのである。
それに短期間で試合に出れそうなのは、何事も辛抱が続かない彼女の性格からして、何物にも替え難いメリットだった。
でも流石に簡単なルールしか知らない彼女が直ぐ試合させて貰える訳はなく、暫くは良くても補欠だろう。

入部後それなりに厳しい練習がが続いた五月、海南中バスケ部は練習試合をする筈だったのだが、相手校にやって来てみると一寸雲行きがおかしなことになっていた。
連絡を入れてあったにも関わらず、体育館は誰も居ない、
「絶対変だ、ちゃんと言ってあるよね」
「間違いないと思うよ」
「一寸職員室行って聞いてくるね」
そう言って副部長の梨花子が走って行った、その間待たされる事になる。

その後数人の女生徒と梨花子が戻ってくる、何か揉めているようだ、
「私達と試合なんて百年早いわよ」
「何で名門のウチらと、海南中なの?」
「本当に申込みしたの?」
相手校の女生徒は言いたいことを捲し立てていて、梨花子は防戦一方の様だ。

合流した生徒は向かい合う形になった、海南中部長の香澄が前に出て、再度確認する、
「今日、鹿島中と練習試合をするつもりで来たんだけど、どういう事ですか?」
それに鹿島バスケ部の部長らしき生徒が答える、
「私達全く聞いてないよ」
「そんな!」
海南の生徒がざわつく、鹿島の部長が続ける、
「今顧問見当たらないのよ」
「ちゃんと時前に申し込んで、受けてもらってるんだから、試合して下さい!」
「本当なの?」
部長が小声でメンバーに再確認する、
「さっき顧問に確認したら、忘れてたって、ホントらしい」
と言うことらしい、部長は悪戯っぽい顔になって、
「顧問がその位だから、遊んでやればって事ね」
そうほくそ笑んでから、
「このまま帰ってもらっては失礼だし、丁度ウォーミング終わったところだから、相手になるわ」
部長以下鹿島中メンバーは不敵な笑みを浮かべた。




試合30分前、控室に割当てられた教室で顧問蛯名先生こと、エビビが唸っていた、それに香澄が噛みついた、
「エビビ!これはどう言う事ですか」
「なめられてるって事だよ」
「相手は名門だから、眼中にも無いって事なんだろうけど、チョッピリ悔しい」
「うん」
「チョッピリか?」
「いえ、スッゴい悔しい」
「上等だ、いいかこれは奴等の心理作戦だと思え」
「どういう事?」
「無視した事で、お前達の戦意を削ごうとしてるんだぞ」
「そうか!」
「確かにうちは未だ弱い、あいつらの足元にも及ばない」
「そんなハッキリ言わなくても」
「まあ聞け、勝てなくても負けないようにはできる」
「えっ?良くわかりません」
「始めに言っておく、この試合勝とうと思わなくていい、でも各々これだけは負けないって目標を持て」
「勝たなくて良いんですかぁ?」
「茶化すな!但し自分で決めた目標は絶対達成すること!ホレ」
そう言って包帯を生徒全員に渡した、
「これに試合までに目標を書け、そして腕に縛っておけ、試合中その包帯を見て目標を思い出すんだ」
周りの士気が盛り上がるのが判る、
「何か頑張れそうな気がする!」
「ねえ、なっちは何て書くの?」
「うーん」
そこでエビビは釘を挿す、
「あ、何を目標にしてもいいが、試合が終るまで誰にも言わない事」
「エーッツ!そんな」
「チョー気になる」
幾らブーたれてもエビビはニヤニヤするだけだった。
こうなれば、信じるしかないと覚悟を決めて、皆はそれぞれ必死に考えて書き、腕に縛った。
この案の面白いのは選手だけではなく、試合に出ないメンバーにも書かせたことだ、なので勿論準補欠?の明日香も考えて書いた。
やがて試合が開始される、ホイッスルと伴にセンターサークルでボールが宙高く上がった。

試合は前半一方的だったが、お互いの腕の包帯を見て目標を思い出した、
「ナッチも頑張ってる!」
それを見て梨花子も奮い立った、

補欠の明日香、

「あたしは、全力で選手を応援すること」
目標を達成するには、有らん限り声を出す事に尽きる、明日香は精一杯声を張り上げて、心を込めて応援した。
「明日香、何かスゴイ」
隣の同級生も圧倒される、感化される、自ずと声も大きくなる、それがみんなに伝わった、何時しか次第にその声援はリズムを産み、高揚感を起こさせる。
一番驚いたのは鹿島中の生徒達だった、俄然勢いのある応援に圧倒され、逆に冷めていった。
鹿島の選手にも動揺が有ったのか試合が終わって、結果は12ポイント差で鹿島が勝ったのだが、彼女らには満足出来るものではなかった。
実力で量れば1ポイントも与えず圧勝出来る筈だったから、試合前と違って苦々しい思いで、挨拶を交わし試合はお開きになるがその後で、鹿島のメンバーは内輪揉めを始めてしまった程だった。

海南中のメンバーは歩いて最寄のバス停まで移動する中、雰囲気は明るく一寸うれしそうだ。
蛯名先生は、学校に持っていく備品を詰め込んだワゴン車から顔を覗かせて、
「先に戻ってるぞ、お疲れ!」
そう言って走って行った、その車の後ろ姿にお辞儀をするや、女子モードに切り替えて、話題は目標の内容に集中した。
「どうよ?」
「ほれ」
「何これ!」
目標は1200歩、と書いてある、
「意味不明だよ」
「時間無かったから解りやすく数字で」
「って、これ目標になるような数字?」
「ギリ達成!」
「ビミョー」
「そういう梨花子はどうよ?」
「ん?ナッチに負けない、って」
「何それ、私頼みじゃん」
「エビビが何でも良いって言うから」
他のメンバーも似たり寄ったりだった、
「蓋を開ければこんなもんかぁ」
「でも、不思議と皆頑張ったよね!」
部長の香澄が言うと、
「うん、不思議」
皆も同じ感想で、気持ちが通じていい雰囲気になる、そのまま仲良く海南中まで疲れも忘れて楽しく帰って行った。

学校に戻ってミーティングを行う、反省会みたいなものである、部長が仕切って顧問は横で見ている中で進む。
反省点は幾つか上がったが、そもそも格の違う相手なので、差がありすぎてピンと来なかった。
部長の香澄が、疑問を先生に投げる、
「どうして鹿島何ですか?レベル違いすぎて相手にならなかったですけど」
「率直な意見ごもっとも、でも知って欲しかったんだ、この県のレベルを」
副部長の梨花子が加わる、
「必死にやったけど、鹿島やっぱ凄いね、なっち?」
振られてなっちも、
「途中から流れ変わりそうだったけど、結局12ポイント差、話にならない」
その言葉に皆しゅんとなる、それを何とかしようとエビビは、
「お前ら、鹿島に12ポイント差って、すごいことなんだぞ?」
「へっ?そうなの」
押されぎみに梨花子が驚く、皆も以外な顔をする、
「鹿島は近畿地区でもトップに名を連ねる強豪校だ、その現役二年と試合してそれだけの差で済んだ」
「そっか、ドベ2のウチらとなら本来もっと差開いてもおかしくない」
「だろ?それを経験して欲しかった」
「エビビぃ、大好きー」
顧問にスリ寄るオチャメな梨花子、
笑いを誘うが香澄は冷静に、
「でも何でそんな力が?」
「あっ、ホータイ」
そう、気づいた誰かが巻いて取っておいた目標を書いたホータイを出した、呼応した様に皆も、何故かしまっておいたそれを出してお互いに見せ合う。
書いた字はどれも汗で滲んで文字は読めなかった、
「皆自分の目標に集中したからさ」
「やれば出来るんだよね」
「スタンドの応援凄かった」
「みんなで応援しました!」
大きな声で言ったのは明日香、
「声元気あるね、良いよ明日香」
「皆で本気で応援してました」
「あなた達のお陰かもね」
「ありがとう梨花子さん、そう言ってくれると嬉しいです」
「弱小バスケ部ガンバろー!」
最後にエビビが締める、
「ともあれ今日は最高だった、お疲れ」
「お疲れ様でした!」
皆取りあえず満足して解散した。

次の練習試合は、万年ビリを争う海王二中だった、このとき順繰りで明日香が補欠参加できた、15分の間だったが彼女なりに一生懸命指示された通り動いて終わった。

試合があった日から数日後、明日香はエビビに呼ばれたので職員室へ向かった。
エビビは、隣の先生の空いた椅子に明日香を座る様勧めてから話し出す、
「二中との練習試合を見た」
「はい」
「どうだった?」
「無我夢中であっという間でした」
「明日香は周りを良く見ていて自分の役割を理解していた」
「ははは、それだけで精一杯で」
「俺は全国大会出場を目指してる」
「はい……えっつ?全国!」
「そうだ、そのために今年秋にある県大会でトップ3を目指すぞ」
「想像出来ない、皆知ってるんですか」
「順に話す、お前からだ」
「あたし?何で一番目なんですか」
「お前が、そのキーマンになって欲しいからだよ」
「無理です、入って2ヶ月だよ、香澄さんや梨花子さん居るじゃないですか」
「勿論、でもこの計画が成就されるとしても早くて二年後何だ」
「二年生はレギュラー抜けてる」
「彼女らにはその礎になって貰わないとならんが、とりはお前達一年生なんだ」
「そんな……ドキドキしてきちゃった」
「だからその覚悟を確認しておきたかったんだ」
「でもドベ2の海南中が二年後全国?」
エビビは窓の外を一旦眺めて、一呼吸してから、明日香を真っ直ぐ見て言った、
「ウチのバスケ部は10年前はメチャ強かったんだよ」
「エッ、嘘」
「事実だ、俺がその生き証人だからな」
「どういう事?」
エビビは、明日香達の先輩に当たるここの卒業生だった、彼は10年前当時県下最強と言われた海南中バスケ部のレギュラーで4番だったのだ。
その頃は男女伴に強く、全国大会の経験者だから、大会出場にどの位の力量が要るのか熟知していた。
その根拠に基づいた計画を熱く語るエビビ、その話を聞いていて何時もの飄々としたエビビのイメージが一掃され、偉大に見えてきた。
「蛯名先生」
「ん?エビビでいいぞ」
「あ、エビビ凄いかも」
「かもじゃない、凄いんだ解るか?」
「は、はい、でも何であたし?」
「明日香には司令塔の才能がある」
「それ、どういう根拠が」
「全体を見ているし、人を持ち上げるのが上手いからだ」
「あたしに?そんなもの」
「うん、あるよ」
「そうかなぁ」
「けど、自覚が無い分時間が掛かる、だから一番に知らせた、次の部長になる覚悟を今から準備して貰いたい」
「部長にですか、自信ないなぁ」
「ホラ、それがお前の悪い所、明日香は人を立てると自分を引っ込める、自分も一緒に持ち上げる様になれば、君はもっと伸びるよ」
明日香がそんな事を言われたのは、どれだけ振りだろう、同じ様な事を言ってくれていた今は亡きお婆ちゃんの事を思い出した。
お婆ちゃんだけは死ぬまで明日香は出来る子だよ、と信じてくれて励みになったが、亡くなった後はどんどん自信を無くしていった。
お婆ちゃんからはこうも言われたことがある、
「明日香は、動き回るのが好きだから、スポーツマンに成るといい」
この事がきっかけでバスケを始めた。
深くは考えが無かったが、じっとしているのが苦手で、お婆ちゃんから人を立てる事は自分を立てること、と学んできた彼女が、バスケに興味を持ったのは、自然な事かもしれない。
そして、入ったバスケ部の顧問にその才能を認められたのは、どういう巡り合わせだろうか?
「俺は、もう一度海南中バスケ部の名をを全国に知らしめたい、一緒にガンバってくれないか?」
明日香は、大きく息を吸い込んで、
「はい!お願いしますっ」
ハッキリ答えた、

明日香の今年の夏休み、それは今までのそれとは色を異にしていた、毎朝潮名の浜を走ることにしたのだ。
お盆には、お婆ちゃんのお墓参りをしよう、そしてお婆ちゃんの予想した通りになっている自分を報告しよう。
彼女は、もう10年以上も見てきた海の風景が新たに色を替えて行くのを感じ取って、新しい道を選んだ自分にエールを送るつもりで、潮名の浜から望む大海原に向かって、

「これからも、ヨロシクねーっ!」

彼女の大声は、水平線の向こうへ吸い込まれていった。

遠くで大型船の汽笛が鳴った。



第一話、おしまい

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