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2つのシリーズのオマージュ

 かつて、集英社刊行のコバルトシリーズ文庫で”富島健夫さんのジュニア小説”を片っ端から熟読し、また日本TV界サスペンスドラマの金字塔を打ち立てた”火曜サスペンス”で真犯人探しに明け暮れた青春時代を捧げた?筆者。
 その膨大な作品群で描かれた人間の、ある時は未熟な少年少女のゆれる想いに心ときめかせ、また人間達のしがらみや欲望にゆらぐ心に胸熱くした想いを、オマージュとして書いた小説を公開しようと考えました。

2015年3月12日木曜日

6、卒業

 翌日眠れぬ朝を迎えて、母親に促され一緒に家を出た、正直気恥ずかしいので別々に登校したかったが、母が一緒に行きたいという。
界矢は、今さらという気もあったが色々有ったことを考えるとこれも良いかなと、不思議と納得できた。
「18年、もうそんなに経ったんだね」
母が前を見たまま呟いた、
「その間に色々有ったけど無事にこの日を迎える事ができて、母さん本当に嬉しいよ」
 何時になく染々した事を言う母をそこで初めて見た、何時からか界矢の方が背が高くなって見下ろす位母は小さかった。
余りまじまじと母について思った事は無かったが、こうして改めて見ると父亡き後一人で育ててくれたという思いが溢れてくる。
「ありがとうな、母さん」
 母はそれには応えずに少しだけ表情を緩めた様な気がしたが、直ぐに真剣な目になり、意外なことを言った。
「峠へ行きたいの?」
界矢はその一言で胸が締め付けられる想いだった、無意識に母から目を剃らし前を向く、一呼吸してみるが心がまとまらない。
 母は気持ちを察する様に、
「後悔したくないなら、行きな」
「えっ!」
 意外な言葉に再び母を見る、さっきと表情を変えていない、その時気付いたのだ、母は自分と必死に闘っている、と。
 我が子を危険に曝そうとする自分と、必死に守ろうとする自分との間でその一瞬において闘っているのだ。
それが解って界矢は心が弱った。で、つい……


「お、俺止め……」
「父さんの子なんだよね?だったら迷わず闘ってきな!」
「母さん……」
「勝って、そして絶対帰って来る事」
「……」
「界矢ならやれる、父さんと母さんの子だから、やりきって戻って来て」
「うん!」
「みんな待ってるからさ」
 そう言って母はスタスタと先に歩いて行ってしまった、界矢も追いつかないように後を追う、やがて校門が見えてきた、この地方で遅い梅がほのかに匂い春を予告するかの様に咲き誇っていた。

 卒業式を終えて、界矢達は学生最後の日を祝い、各々の人生を歩むべく別れて行く、その殆どが社会人として巣立ち、進学する者も居た。
 界矢は家業を継ぐ事になるが今日最大の出来事は、母から信用を得られた事だった。
 二人はお互いの気持ちを確かめた後は、変に気恥ずかしくなって、帰りは別々に帰った、どうにも不器用な母子のようである。
 界矢はトオル達と最後の、何時もの帰り道を何時もの店でお好みを食べ、これからも旧友を温めようと誓い合った。
この時界矢は皆に、スーパーNへの挑戦を挑む事を打ち明けた、俄然皆は活気付いて応援すると言ってくれた、それとK市でチョッとしたロマンスがあった事を話して羨ましがられた。
 こうして彼らの高校最期の一日は彼らの人生の一頁に残ることになった。

 さて、翌日より界矢にとって新しい日々が始まる、それは学校は卒業したが、界矢にとって卒業しなければならない、もう一つ避けて通れないイベントがあった。
 いよいよそのイベントに向けて界矢は動き出す、伊戸代おじさんに頼んで岸本の子供と云われる、スーパーNへバトルの申し入れをした。
始め岸本は子供が自発的にやっている事で、関知していないと断ってきたが、界矢の熱い思いに当時の情熱を呼び起こされたのか、メルアドを教えてくれた。
 それで当人同士で決めろ、となったのである、界矢の申し入れにスーパーNは即快諾してきたため、その五日後にT県で行う事となった。

 条件は、
雨天決行、
往復で一本、双方前後直列スタート、
二本走って順列で決まらなければ、
総合タイムで決める、
スーパーNは何時もの通り、車載カメラで計測を兼ねて、映像を自身のサイトで公開する、
車は、公平をきすため旧ハチロク、AE86ノーマルチューンで行う、
というものだった。

 最後の二つは、お互いの事情に配慮されたもので、これで公平性と客観性が保たれる事になる、この条件はスーパーNからの提案で、界矢が呑んだものだった。
この内容からして、相手は信用できる正統派であることが、見受けられた。

 さて、いよいよその日の夜がやって来た、このバトルはあくまで私的で、違法な行為が含まれる事が予想された。
よって第三者には全く知らされず、二人の自己責任において実施されるので、小説の世界においてとご承知頂きたい。

 その夜は、まるでバトルを見守る様に月が天井に輝いていた深夜2時、鎮まり返った峠に二台分のヘッドライトとエキゾースト音がスタートポイントに近づいてきた。
二台は語らう事もなく、予め決めたルール通りにスタートに並ぶ、暫しアイドリングの音が辺りの木々にこだまする。
 前半先行界矢はギア一速に入れクラッチを切ってアクセルを踏む、一気に回転計はレヴリミットを超えてから8000回転前後をキープ、スタートのタイミングを伺う、相手もそれに呼応するようにエンジン音が大きくなる、お互いに呼吸をするかの様に音が波打つ。
そして遂に、均衡が破られ同じ車間をほぼ保ったまま二台が激しくタイヤをきしませてストレートを駆け出した。
 そのまま、二台は同じ軌跡を描いて第一コーナーに突っ込み、鮮やかに消えていく、界矢は前半先行、何としても逃げ切らなければならなかった。
 このコース、お互い二度しか走っていない、この点イーブンだが地元だけに、界矢はコースの情報は仲間から沢山聞いていた、その点は彼が有利に思えた。
しかしそれが単なる思い込みで有ることに直ぐ気付かされる、難関の第三コーナーで完璧のラインで抜けた筈の彼の直ぐ後ろに、微動だにしない相手のライトが、嘲笑うかの様に見えていたのだ。
 想わず界矢は背筋を寒くした、相手はコースを熟知している!
「気ぃ抜いたら、イッキに逝かれる!」
 界矢は気を引き締めて前に集中した、しかし、一旦集中するとコーナーを重ねる内に僅かに界矢が伸びてきた、
「おし!イケる」
 喜んだのも通過の間、相手もそれに気付いたかまた徐々に差が縮まるのが判る、そのまま折り返し地点でホッとしてスピンターンのために減速したその時、最初のアタックを受ける!
 相手は逆ターンを仕掛けてきたのである、意表を突かれた界矢は、一瞬相手を譲りそうになるが、直ぐ集中を取り戻して踏ん張り間一髪で先行のまま折り返す事ができた。
復路、界矢の心臓はバクバクだった、
「ヤッベー!アカンかと思ったぜ」
とか言いつつも、本能的にアクセルを緩めること無く、最初のコーナーに二台は突入いていく、往路の時より交わし難い長いストレート後の連続カーブに、二台は苦しむ、ここは後続車には不利で木々に邪魔されて見通しが悪く、不意の追突を避けるため車間をけなければ、対応が難しい。
 後続はセオリー通りにやや車間を広げ次のアタックを伺っている様だった。
かと言って先行もセオリー通りに進めるしかなく、劇的に引き離すなど到底出来る箇所では無かった、頭脳戦の我慢大会であった。
 その難関を越える先にお互いのチャンスが待っていた、ダムが見透せる視界が開けた定角連続カーブ、唯一先が見透せる絶好の勝負処だ、そこを越えたら先は最終魔のカーブを待つのみ、その先にゴールとなるので、常識的に考えてこれが最後のチャンスとなる。
「ヤツは必ずここで仕掛けて来る!」
 抜かせる訳にはいかなった、往路では相手は敢えて仕掛けては来なかった、手の内を隠したのだ、復路はどうだ?
「絶対来る!」
 我慢比べが終わって、視界はイッキに広がる、闇夜に市街の明かりで薄暗くてらされる夜空の下にクッキリとダムの稜線が見えて、漆黒の水面が対照的に不気味だ、その水面に目をやるとそのまま吸い込まれて、転落しそうな錯覚を起こす。
あくまでも噂だが、このダム湖に堕ちた車が何台もあるという話を界矢は思い出す、直ぐにイカンと気を取り直しラインを誤らぬ様、集中する事を自分に言い聞かせた。
 その直後、界矢の予感を裏付けるように後方から反撃が始まった。


つづく

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