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2つのシリーズのオマージュ

 かつて、集英社刊行のコバルトシリーズ文庫で”富島健夫さんのジュニア小説”を片っ端から熟読し、また日本TV界サスペンスドラマの金字塔を打ち立てた”火曜サスペンス”で真犯人探しに明け暮れた青春時代を捧げた?筆者。
 その膨大な作品群で描かれた人間の、ある時は未熟な少年少女のゆれる想いに心ときめかせ、また人間達のしがらみや欲望にゆらぐ心に胸熱くした想いを、オマージュとして書いた小説を公開しようと考えました。

2015年3月12日木曜日

3、試練(前編)

 落ち込みはしたものの、界矢は新たな目標ができた。
しかも先の影像で乾燥路面での記録と判り、残雪が道のかしこにあった界矢の時とは、コンディション・ハンディがあったために正確な勝敗は別の機会に残される事になる。
 その後彼は咲から他にも走行記録を動画公開する者が結構居ることを知った。
一方、映像を見ただけでドライバーの腕を的確に評価する界矢に彼女は感心した。
 そんな時間を楽しく過ごし、やがて昼近くになった時電話が鳴った。
咲が元気良く出る、
「はいっ、ガレージ・キットでーす!」
初めのうちはハキハキと返事をしていたが、段々声のトーンが曇っていくのが、聞くともなしに聞いていた界矢にも解った。
「?」
 しまいには明らかに不安そうな声になっている。
思わず彼女の顔を見た、目にはうっすら涙を貯めているのがみえてドキッとした、
さらに蒼白な顔をしていたのでさすが能天気な彼も何かあったと悟った。
 やがてゆっくり受話器を置いて、彼女は項垂れる。
「何があった?」
沈み込む彼女に声をかける。
すると突然泣きじゃくって界矢に抱きついてきた。戸惑う界矢に、
「父さんが事故だって!」

「!」
「どうしよう……」
彼女はパニクっているようだ、自分の行動を決めれなくなっている、思わず父を亡くした時の自分とオーバーラップする。
「おじさんはどこへ?」
「市立総合病院に救急搬送されたって」
「直ぐ行こう、さあ!」
うろたえる彼女の手を引っ張ってハチロクに載せる。
界矢は搬送先へ向かった。

 病院で散々待たされ三時間程経った頃、やっと咲は父と再開できた。
二人はICUからベットに寝かされて出てきた父と看護士について行く。
その合間に医師から容態をたずねながら、病室へ移動していった。


 その夕方、病室で父親が大笑いしている、
「お父さん!声大きいよ」
「いやスマン、お騒がせしたな」
「もう、死ぬ思いで来てみたら脳震盪だけなんて!」
「移動中のワゴンが事故ったんだが、コッチは運よく全員軽傷で済んでな、あっちはどうなったか不明だが、先方が悪いからな」
娘はヤキモキしながら更に釘を差す、
「一時はもしもの事があったらって……」
そう言って顔を伏せた、
「スマン心配かけたな、咲」
 嗚咽が止まらなくなっている様で、彼女は黙ったまま。
堪り兼ねて界矢が肩に手を添えた。
暫くして気を取り戻した娘を確かめた後で父は界矢に、
「界矢君、久方振りなのに迷惑かけたね、送ってくれたんだって?」
「はい、お久しぶりです」
目を輝かせて父は界矢の全身を眺めてから、
「大きくなったね、最後に会ったのは未だ小学生の頃だったろう」
「はい、五年生でした」
「お父さんの大輔さん、聞いたよ惜しいことをした」
「はい、今は母と姉と小暮さんとで頑張ってます!」
「小暮元気か?久しく音信不通だった」
「相変わらずの職人芸です」
 懐かしそうに昔の出来事を楽しんでいる様子だった。
「処で、ウチの娘とはすっかりフランクな雰囲気だね」
そこへやっと咲が話に加わる、
「そうなの!お父さん、彼凄いのよ」
娘の勢いに圧倒されながら、話を聞く。
「あのスーパーNと勝負するんだって」
「峠を走っているのかい」
「二日前から」
「凄いのはそこよ!峠のドラテクを全部理解してるの」
「ほう!」
「腰で判るんだって」
 父は界矢がかつてカートの常勝者だったのを知っている。
なので娘程驚かなかったものの、一方サーキットと公道では路面状況が不安定で難易度は別次元な事も知り尽くしている。
 また、スーパーNの実力も仕事柄地元通として十分に評価しているだけに、対抗馬になり得る界矢には、別の意味で驚きが湧いてきた。
「界矢君、なぜ今更公道なんだ?」
「そういえばそうね。法律で規制される公道は場合によっては違法行為だし」
「父が生前の頃公道で、ゼロ・ポイントを父と経験したんです」
「ゼロ・ポイント?」
「はい、コーナー・トゥ・コーナーで現れる無重力地点です、その奇妙な感覚を体験してしまったから」
「……」
「父の運転で体験した事を、一度でいいから自分自身の腕で再現したいんです」
それは息子が父と同じ感覚の共有を意味している、と言いたかった。
「しかし峠走行は危険が伴う、そのまま見過ごせんな」
「勿論危険な行為であるのは理解してます、でも出来れば人の来ない時間にバトルで、せめて単独でタイムアタックしたいんです」
「接触事故はないとしても、単独事故を起こしたら?」
「即止めます、勿論レース出場資格剥奪も覚悟してます」
「界矢くん、そこまでしなくても」
「ゼロ・ポイントとはそこまで人を突き動かすものなのか?」
「父を感じたい。俺がただ、バカなだけです」
黙って咲の父は暫く昔を思いめぐらした後、思い立った様に界矢に言った、
「明日用はあるかね?」
「いえ、休みです」
「じゃ、今日はこっちに泊まって行きなさい、明日一緒に行きたい所がある」
「お父さん」
咲は界矢を止めなかった父に不安になる、でも界矢は迷わず、
「お願いします」
とだけ答えた。
 その晩に咲の父は検査結果も問題なく、本人希望もあって即日退院と認められ、三人で咲の家へ戻った。

 帰宅後、界矢は泊めて貰うことになった上に、少々遅い咲の作った夕食を三人で食べた。
手料理は慣れているらしくとても美味しく会話も弾んだが、母親を見なかった処から、どうやら咲には母親が居なくなって久しいのでは?と感じた。
 その予想が正しいと分かったのは、食後の歯磨き後夜も遅いので用意された寝室へ向かう時だった。
咲がパジャマ姿で声を掛けてきて、聞いてもいないのに彼女の方から、
「お母さん、私が中三の時にガンで亡くなったの、変に思ったでしょ?」
「ううん、そんな事無いよ」
「明日は早いんでしょ?もう寝なきゃね、また今度ゆっくり聞いてね」
「お休み」
別れた後で、考えれば彼女とはこれで暫くは会わないかも知れないと気づいて、もう少し聞いてあげれば良かったかなと、少し後悔した。
「ま、また何時か遊びに行けばいいか」
と気持ちを切り替え寝室に行った。


 翌朝起きたのは、聞いてはいたが本当に早く未だ辺りは暗かった。
そんな未明に界矢が咲の父、伊戸代の案内でハチロクに乗って来たのは、地元の者でもあまり知られていない峠道だった。
「ここは?」
「かつて私達の取って置きだった練習場だ」
「おじさん、走り屋だったの?」
「亡くなった君のお父さん大輔さんも、小暮も仲間だった」
 父も小暮さんも若い頃の思い出は殆ど話してはくれず、初耳だった。
それに当時公道バトルをサポートいていたのに、自動車競技に興味を持ち始めた界矢には、カートやジムカーナといったクローズド競技をさせた。
 界矢が父の真意が解できないまま首をかしげていると、
「界矢君は聞いてないのかい?」
「はい、あまり気にして無かったんですが、今思えば不思議です」
「そうか、まあ何れ小暮から聞く事もあるだろう、さて時間がない」
そう言って界矢に簡単なルールを説明した。
 それは往復二キロ程のこの峠を二往復してタイムを測ると言う。
Uターンポイントは自分が二キロと判断した場所としスピンターンで折り返す。
スタートゴールは伊戸代が立っているので直ぐわかる、しかし単なるタイムラップにしても決まりが少ないと感じた。
界矢は準備をしながらも質問するが、
「早朝ならまず他の車は来ないが近頃は警察が厳しいから急ごう!」
そう言い捨てて早々に車を降りてしまった。
 仕方無しに、ドライブポジションを取ってクラッチ切ってで待機、アクセルを踏んで7500回転前後で様子を伺う、伊戸代は唸るエンジン音に負けない声で、
「何時でもいいぞ!」
と声をあげる、
自分に言い聞かせるように界矢は頷き、タイミングを計った。

つづく

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