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2つのシリーズのオマージュ

 かつて、集英社刊行のコバルトシリーズ文庫で”富島健夫さんのジュニア小説”を片っ端から熟読し、また日本TV界サスペンスドラマの金字塔を打ち立てた”火曜サスペンス”で真犯人探しに明け暮れた青春時代を捧げた?筆者。
 その膨大な作品群で描かれた人間の、ある時は未熟な少年少女のゆれる想いに心ときめかせ、また人間達のしがらみや欲望にゆらぐ心に胸熱くした想いを、オマージュとして書いた小説を公開しようと考えました。

2015年2月27日金曜日

小説 「 なごやん 」


東京での生活に埋もれ、速10年目が過ぎようとしてる、


ヒマして新宿の街をブラブラ、
今日は女に振られて、でも今日はどうしてもシタクテ……ままならない物だと。
でもフーゾクもなぁ、と思っていたら、店脇の貼り紙に記載の電話番号に目が留まる。


地域密着型出会い系はこちら!


何か面白そうだと早速番号を入れてみる、
プププ……(あざといBGM)………………
ようこそ!…へ、……systemの説明……
♪ガイダンスに従って好みの市外局番を押してね!


おお、これぞ地域密着だと変に納得しながら市外局番をを入力、052っと。


♪ガイダンスに従って好みの年齢層を選択してね!


ふむ、同年代で若め……20代前半っと。


♪ガイダンスに従って好みのタイプを選択してね!


そうだな、4番をポチッっと。


♪ガイダンスに従って好みの……
以下省略


……何て長い選択だ?いい加減飽きてきた、


あっやっと終わった。


このままお待ちください……♪はい貴方にオススメの伝言、六件です……一件目………


順番に条件にヒットした伝言が流されるれも怪しいモノばかりだが、一件だけ俺のインスピレーションにピンときたナマエを聞いた。

2015年2月13日金曜日

第七話 晴れて海蒼し

「北の海が暗いって誰が決めたんだ!」
「昨日雲って暗かったよ、お兄ちゃん」
兄、晃一は決意を込めて海に叫ぶ、
妹、舞鶴は意味を理解出来ずに答えた。

 確かに北の海の様子は変わり易く今日晴れで海は鉛色、
でも兄が海に、いや妹に伝えたかったのは心の有り様の話だったが兄13歳、妹は9歳二人ともまだ幼く別れを上手く表現するには不器用だった。

 日本一長い川が流れ、その肥えた流域に広がる米中心の穀倉地帯として有名な日本海に面したN県。
 兄妹もそんな自然豊かな土地に生まれ育った、兄晃一は、思慮深く家族思いな青年、妹舞鶴は、素直で素朴な兄思いの少女だった。
 この年二人の両親が亡くなり、兄は東京の親戚へ引き取られ、妹は地元N市の伯母が預かる事になり、先の会話はいよいよその別れに、生まれてより親しんだ北の海を前にしての会話だった。

 その別れから数年、兄晃一が上京をして以来高校生なろうとしていた、親戚夫婦とも打ち解けて家族同然に暮らしていた。
 この伊勢原夫婦には子供が居なかったので、引き取ってからというもの晃一を大事に育てた、今年晴れて有名私立大学系列の高校に進学することに決まって、家族としての順風な毎日を過ごせた。

「どうだ、春休み中に三人で北陸の海で美味しい海産物でも食べに行くか」
「北の海は暗くて嫌だな、どうせだったら房総へ連れてってよ、春だしお義母さんが喜ぶし」
「そうか?晃一の入学祝だ、お前がそう言うならそうしよう」
「受験準備で親身に世話してくれた、お義母さんこそ主役じゃなくちゃ」
「母さん喜ぶぞ」
結局、行き先は房総の海に決まりそうだ、晃一はそれで良いと思ったが、義父と息子同士まだお互い気を使っている空気が残っていた。

 そんな何不自由無く生活する晃一だが、心の奥底で気になる事があった、ある時街中で中学生の少女達が楽しそうに歩いていたのを見て、
「妹もあの娘達位になってるかなぁ」
そう思う事があった、久しぶりに会ってみたい気にもなった。
 そう思うと、旅行は北の海の方が良かったか?と半分後悔もする、でもお世話になる身分で一人勝手な行動は気が引けるし、今更妹も会えば彼女の生活にさざ波を起こすことになり兼ねない。
 迷った末に晃一は、会わない方が言いと自分を制した。

 それから数日、いよいよ房総行きが決まろうとする時、義父から思わぬ話を持ち掛けられた。
「養子縁組を真剣に考えている」
驚きはしたが晃一は少し考えて、
「嬉しいことです」
「本当か?養子になるという事は、坂出晃一では無くなるという事だ」
「亡くなった家族、妹と他人になるという事ですか?」
「法律上だけで無く、真に私達の息子になって欲しいから、良く考えて欲しい」

 自分一人だけならこれ程幸運な事は無いだろう、しかし晃一には先祖があり、何より生きている妹が居るのだ、彼女の幸せは兄の責任であり、それを見届けない限り軽い返事は出来ない。
 晃一は帰郷を決心し、義父に了承を得て新幹線に乗った、新学期学校が始まる二日前だった。

 到着して直ぐ晃一は妹の舞鶴の居場所を確認すべく親戚の家に電話したが不在で連絡取れなかった、途中在来線に乗り替え生まれ故郷に向かう。
 両親の墓に花をたむけてお参りをして、思うところあって久しぶりの海岸に向かった。

 北の海は、本当に天気がよく変わる、さっきまでの晴天が海に来たときにはどんより曇っていた、その海の色は晃一の今の気持ちを代弁していた、眺めていて思わず言葉が漏れる。
「北の海は暗いからやだな」
「北の海が暗いって誰が決めたの?」
聞いたような声に振り向くと、少女が立っていた、
「海が明るいか、暗いかは見る人の気持ち次第でしょ?私達を育ててくれた海にそんな事言っちゃダメよ!」
「お前……舞鶴なのか?」
妹はすっかり大人びていて、最初判らなかった。
「お別れの時に言ってくれた言葉、解った、お兄ちゃんが言いたかった事」
「どうしてここに来たんだ」
「こっちに来たって聞いて、ここに来るだろうと思って」
「そうか、会えないと思ったよ」
「さっき私が言った事、お兄ちゃんが私に言ったのよ、覚えてるよね」
「そんなこと言ったっけ」
「一人ぼっちになる私を元気付けるために言ってくれたんだよね?」
「今更どっちでもいいよ」
「よくない!二人にとってとても大事な事だわ」
「ごめん、そうだな」
「ありがとうね、私そう思って元気にしてるから、お兄ちゃんこそ大丈夫?」
「うん、いい両親で凄く良くしてくれてるけど……」
「けど、何?何かあったの」
晃一は躊躇っていた。
 その時ポツンポツンと雨滴が落ちだし、直ぐに雨脚が早くなってきた、兄は妹をかばいながら近くの松林に走って雨宿りした。
 松の枝は雨を凌ぐには少し心許なく、葉を伝って雨水が時々滴ってくる、兄はそれで少しでも濡れないように妹に上着をかぶせてやった。
 やがて、雨は少しづつ弱まってはいったが暫く降りつづく、その間二人は何も語らず、目の前の海の変わり様を眺め続けていた。
 空の変化と伴って雨脚の変わり様、そしてそれらによって変わる海の色や様子を、刻々変わっていく海の表情を、二人は真っ直ぐ見続けた。

 次第に西の雲間から空が覗き、光の筋が一本、また一本と海に差し込むと、そこから海は劇的に表情を変えていく。
 やがて浜の雨は上がり、二人が浜に歩きだしたころには、雲は東へ去って綺麗な夕陽が浜全体を茜色に染めていた。
 夕陽に輝く波に見とれる振りして、お互い目を合わせようとしない二人、陽は段々沈み浜の影から暗くなっていく、その大事な瞬間を逃すまいと、唐突に舞鶴が声を絞り出す、
「舞鶴は、離ればなれでも、何があってもずーっとお兄ちゃんの妹だから」
言い難そうだった兄の言葉をずーっと考えていたのだろう、そんな迷いを妹は察していた。
「こっちの事は任せて、私も大丈夫だから」
「舞鶴!」
その時初めて兄は妹を見た。
 妹は、今すぐ泣き崩れそうなのを健気に耐えていた、兄を見るのを躊躇っている、思わずいとおしさに抱き締めた。
晃一の胸のなかで堰を切った様に舞鶴は泣きじゃくった、晃一も泣いた。

 暫く泣いて、妹もやがて泣き止んだらお互いの目を初めて見た。
「舞鶴の目は、お母ちゃんみたいにやさしいな」
「兄ちゃんの目も、父ちゃんみたいに暖かい」
「俺たち、滅多に会えなくなるけどこれからも家族だからな」
「うん」
 二人の影が砂浜に長く延びていた、北の海は二人を見まもるように静かに波を打ち寄せていた。

 日も沈んで、晃一は舞鶴と一緒に新潟市内の伯母さんの所へ寄った、挨拶を済ませて初めて今回の事実を打ち明けた、皆は驚いたが晃一の立場を理解し、最後にはみな祝ってくれた。
伯母さん達は彼に、
「舞鶴を責任をもって幸せにするから心配するな」
と胸を張ってくれた、何度もお辞儀をする兄妹、やがて夜も新幹線最終便に間に合うギリギリの時間になった。
「そろそろ帰らないと」
「うん解ってる、じゃ」
 晃一は玄関まで出て、挨拶するここで別れるつもりで一人を歩き出すが、暫くしたら後ろから舞鶴が追い付いてきた、
「いいよ、寒いから帰れ」
「伯母ちゃんが送っていけって、帰りは迎えに行ってやるからって」
「そうか」
 兄はそれ以上否定せず、二人で駅までの路地を歩いていった。

 駅までたわいもない事で盛り上がり、新潟駅に着いた、車両は既に停車していてまもなく発車しようとしていた。
慌てて駅のホームまで走る二人、発車のベルが鳴る中で何とか車両に乗り込んだ晃一。

 ホームに人は余り居ない、静かなホームに最終確認する車掌と兄妹の二人、何か話したようだがベルで良く聞こえない、やがてドアが閉まり、妹は残った。
 ゆっくり進む車両を見守る舞鶴、

 最後の汽笛をならして、新幹線はホームから見えなくなった。

 新幹線は兄を乗せて東京へ走る、駅では
舞鶴が何時までも上りの方角を見つめていた、駅員が、
「お客さん、ホーム閉まりますよ、寒いですから構内へお戻りください」
そう促されてホームをゆっくり降りていった。

 晃一と舞鶴の兄妹の絆は、北の海で強く結ばれて、それぞれの新しい青春を歩んで行くのだろう。

第七話
おしまい

これにて全七話完了です。
読んでいただきありがとうございました。

2015年2月6日金曜日

第六話、スプリンターの意地


「瑞原先生、好きですっ!」

 藪から棒に、この春に研修教員として3年で国語を受け持つ瑞原茜にラブレターを突き付けたのは、茜が担当するクラスの生徒、主藤恭介だった。
 恭介は、彼女が4月から研修でここ天海商業高校に赴任したときから一目惚れだった。
 思ったことは直ぐ行動に移す彼だが、瑞原先生に告白したのは7月なって漸くだった、三ヶ月を要したのは決して彼が奥手だった訳ではない。
彼は陸上部で短距離代表として6月の県大会出場が決まっていて部活に集中していたからだった。
 人一倍負けん気が強くてポジティブな性格、容姿も結構イケているので、女子にも評判もいい彼の告白は絶対成功すると確信していた。
 しかし瑞原先生は、徹夜で書いた渾身の名文(自分ではそう思っている)を、ろくに読みもせずこう言い放った、
「ハハハハハ、ゴメンね私、年上しかダメなの」
一瞬耳をうたがったが惨敗だった、でも諦めない、
「俺の気持ちはマジです!」
「ありがと気持ち嬉しいよ、でも年下にはトキメかないの。主藤クンならもっとステキな娘が見つかるよ」
その後も先生は恭介の良いところを揚げて、その勇気を讃えてくれたのだが、彼には逆効果だった。
 若さというか、情熱というか、益々彼を勢い付かせてしまった。
収拾がつかなくなった上に、登校時間が迫っていた、
「分かりました、じゃあ私に一つでも勝ったら、考えてあげてもいいわ」
これで恭介は納得して、教室に入った。

 その昼休み、茜は自分に充てがわれた机で手製の弁当を食べている時に、声を掛けられて振り向いた、
「木戸先生!」
かつての恩師、木戸先生がクリクリした目で笑っていた、茜はこの天海商業高校の同窓生で、当時木戸先生のもとで学んでいた、
「瑞原が先生になるとはな、お前も丸くなったもんだな」
「木戸先生のお陰です、あの頃は普通の高校生活が嫌で尖ってワルばっかりやってましたから」
「一途過ぎなんだろうな、若いって事はそう言うことだよね」
 茜は、在学中は学校に馴染めずいわゆる非行に明け暮れていたが、当時から木戸先生は彼女の本心を見抜き復帰出来るように世話を焼いてくれた。
そのお陰で何とか高校を卒業でき、大学に進んで教師の通を選んだのである。
研修で母校を選べたのは幸いだった、お陰で恩師に今の自分を見てもらうことも出来たのだった。

 同じ昼休み、木陰で恭介と親友の今野が涼んでいた、
「浮かない顔だな」
「俺、研修教員の瑞原先生に告白した」
「何っ?あの研修教員か?ハキハキ明るそうだが、一瞬影か愁いが漂う目が印象的だな」
「そうなんだ!なんか護ってあげたみたいな」
「恭介イイ目をしてるわ、彼女着痩せするタイプだがスーツの中は結構イイ身体してるぜー」
「お前溜まってんのか?俺は真剣なんだ、あの人をエロ眼鏡で見るなよ」
「恋せよ男子か、どうせ研修終わればバイバイなんだから、思う存分やってみれば?」
恭介は何で勝てるのか?思案し出した。

 恭介は通学路を、毎日自転車で登下校している。
 学校が海の見える高台にあって、街を外れると直ぐ長い坂になる。
陸上部の彼には足を鍛えるのに好都合だったが、朝は相等キツい登りになるので、殆どの生徒は最初から降りて自転車を牽いて登る。
 それは恭介とて同じで普段は坂の途中で歩くし、頂上の校門まで自転車で上ろうとは誰もし無かった。
茜も実家が遠いので現役当時と同じ様に、通勤用に自転車を新調して通った。
 二人はほぼ同じ時刻に坂を通るので、恭介は前方に茜を見つけると、追い付こうとペダルを早漕ぎして速度を上げたものの、今日は差がありすぎて途中で息切れて校門までに追い付けなかった。
 恭介が瑞原先生に勝てるとすれば脚力しかない、彼の学力では教科で勝てる見込みは皆無と言っていいし、他にこれと言って秀でた芸も無かった。
 そんな中、恭介はあることに気づく。
瑞原先生はあれだけキツい坂を、スイスイ自転車を降りる事なく登っていくのだ、それは脚自慢の彼にとって驚異であり何より屈辱だった。
その事が彼のスポーツマンとしての闘争心に火を点けた、それからはまっしぐらだ、瑞原茜を坂で抜き去る事、それ一点に夢中になった。

 茜がある朝坂を登っていると、後ろの方でガシャガシャペダルを漕ぐ音がした、後ろを振り向くと恭介が鬼の形相で坂を登り出すのが見えた。
距離があって追い付けないだろうと、彼女はそのまま漕ぎ続けると、段々と後ろの漕ぐ音が遠くなって校門を潜る間際に坂の下を振り返るが、恭介の姿は見えなかった。

 そんな事がここ一週間程続いていたので、週末茜は恭介に授業終了後雑談の時に尋ねてみた、
「主藤クン毎朝脚鍛えてるんだ、感心ね」
すると返ってきた返事は呆れたものだった、
「瑞原先生に勝つためです!」
 一緒に雑談している生徒にその真意は解る筈も無いが茜には解った。
自分が彼に出任せに言った約束を覚えていたのである。
「そ、そうなんだ」
 茜はちょっと困った。
確かに何でも良いから自分に勝てば条件を飲むとは言ったが、まさかこんな事で挑戦してくるとは。
「せいぜい、頑張ってね」
「はい!期待に応えて見せます」
彼はやる気満々に様だ。
 でももし本当に彼が坂で抜いてしまったら?
いやそれはあり得ない、うんあり得ないと自分を説得する茜。
何か変にドキドキするのは何故だろう?
そう思いながら、皆と別れて職員室へ戻った。

 自宅に帰り、茜の部屋で今日の事を振り返る。
茜は授業後に必ず生徒と雑談をして交流を欠かさない、自分が現役の頃は荒んだ高校生活でろくな思い出が無い分、今教師に成ってこの時期の大切さを思い知らされていた。
 彼女からは、彼ら後輩が青春真っ直中でキラキラ輝いて見えるのである。
茜は彼らとせめて話すことで、自分の青春を取り戻そうとする自分を見た。
 そんな未熟な自分に憧れる男子生徒がいる、生徒たちとの雑談の中で聞こえるのは、その彼の誠実さだ。
 主藤恭介は陸上部の短距離走選手だという。
三年生なので部活動は最近控え気味の様だが、普段から真面目に部活に汗するアスリートとの評判だった。
現在彼女は居ないが、ソコソコ女子にも人気があるらしく、正しく青春を地でいく爽やかな青年である。
茜は当時の自分にからすると最も嫌いなタイプであったが、今思えばそんな自分が素直に成れなかっただけかもしれない。
 恭介には、出任せで言ったことが、妙に頭から離れなくなっていた。

 一方恭介は自宅で勉強に励んでいた、彼は茜を好きになる事で、その想いの力を前向きに原動力に出来るポジティブさを持っていた、
「ヨシッ、今日はこの辺にしとくか」
ペンを置いて背伸びをした、結構からだが固くなっているのが判る、携帯で時間を見ると午前5時を回っていた、夜は明けていた。
 恭介は、夕食後少し休んだら直ぐ寝て夜中起きて勉強した、秋までは夜型で過ごす事にしていた。
「さて、そろそろ行くか!」
自分に喝を入れて、早朝ランニングに出ていった。

 今日こそは必ずと決意して毎日家を出るが、なかなかどうして瑞原先生に追い付けないのが腹立たしい。
可能な限り坂の前から助走してベストの進入速度で坂を上がるが、どうしても途中で失速する。
 恭介は必死だ、夏休みまで一週間程で暫く先生とも会えなくなる、それまでに追い抜きたいと気は競った。
「坂途中で失速する、そうか!脚力が足りないんだ。ヨシッ直ぐ足を鍛えるぞ」
それからは、脚の持久力アップを目指して朝晩トレーニングに勤しんだ。
 週末木戸先生は茜を飲みに誘ってくれた、呑む時も先生は優しく当時の苦労話で盛り上げてくれた。
 その翌日土曜休みに茜の家に、研修中仲良くなった生徒達が遊びに来た。
さすがクラス全員は家に入れないので、六名に限定したがその中に恭介は居なかった。
選定は生徒達に任せたにしても茜は少し物足りない印象だった。

 週明け朝、今日も登校時には恭介は後ろから追ってきた、茜はその日は必死にこいで逃げてしまった。
 翌朝、恭介は昨日以上にまくしてきた、しかしあと一歩で追い付けなかった。
その後校舎に入ったのは殆ど一緒だったが、挨拶以外恭介は何も言わない。
汗まみれの彼の顔がチラッと見に妙に男らしかった。
 次の朝も恭介は追い上げてきた。
茜は何故かドキドキしてとても後ろを振り返れなかった。
今日はどこまで追い上げているんだろう?
ガシャガシャとペダルを漕ぐ音が少しづつ大きくなる、
恭介の一生懸命の顔が脳裏に浮かんでくる。
 こうなれば、自分はペースを落とそうか?
そんな気持ちに成りかけた時で校門に着いた、後ろで、ガシャという音が虚しく止んだ。

なんだろう、この苦しい気持ちは?

 彼は本当に私を好きなんだ、無心で約束を達成しようとする思いが後ろから伝わってくる。
だが、今日も恭介は挨拶だけして先に行ってしまった。

 週末金曜日一学期最終日である、茜は緊張していた。
勿論一学期を無事やり遂げた最終日という緊張があるが、もうひとつ恭介が約束を達成したらどうなるだろう、という緊張である。
 年下の少年に翻弄される?先生の立場を採れという理性と、女性として純粋に彼の思いにときめく感情が交錯して、茜はどうしたらいいか混乱するばかりだ、
「ダメダメ!しっかりしなきゃ」
 その内自分と葛藤していて坂に着いてしまう、止まっている間も、生徒が挨拶して通りすぎていく、我に返って漸く茜は坂を自転車で登り出した。
登り始めて直ぐ、今彼が抜いてくれれば゛ズルいゾ゛とはぐらかすことができるが彼は未だ来ない。
 更に進んで中間迄来た、ここからは冗談は通らないが無かった事にしてと頼む勇気がまだあった、でも例のペダルを漕ぐ音は聞こえて来ない。
「どうしちゃったの?今日が最後じゃ無かったの?」

そう漏らしてはっとする、
゛私、主藤クンの事好きになってる……゛

 茜の本音に気付いて動揺する、
゛ダメっ、今日は学校休んで!゛

 このままの気持ちで追い抜かれたら、自分を律する事が出来そうに無い!
このままいっそ恭介が来ない方がいい!
と自分勝手に懇願していたが、その時、

ガシャガシャ……!
「えっつ?」
「勝ったーーーーっつ!」

 一瞬何が起こったか解らない。
見ると先に校門を抜ける恭介が満面の笑みでガッツポーズをしている、
「約束だからね!」
そう言って消えていく、
「電動自転車が、抜かれちゃったの?」
さっき迄のさんざんの葛藤は何だったのか、悩む余地無く決着はついてしまう。
「はぁ仕方ないな、約束だからね!」
茜はふっ切れた様で、力強くペダルを踏んで、恭介の後を追うように校門を潜っていった。


第六話
おしまい

2015年2月1日日曜日

第五話 春色の夏よやって恋


 葵未花子はため息をついた、進級して初の学年別定期テストでダントツTOPだった。
それなら普通喜びそうなものだが、彼女にとっては憂うつなのだった。
 そもそもこの学校、海田南高校に入った動機は仲良しだった中学の同級生達と一緒の学校へ進学したいが為で、学力に相応していなかった。
他意は無かったが、結果苦労して入った同級生に邪推と妬みを買って何かに付け反感を買うことになる。
 仲良しの二人とも海田へ入って間もなく疎遠になり、二年生になった今でも彼女への風当たりのある空気が三人に壁を作っていた。
 未花子はこの学校で唯一入って良かったと思うことがある、それは校舎から海が見える事だ。
海田南高校は文字通り海田市でも海が広がる最も南にあって、市内の高校でも一番海に近いロケーションなのだった。
 彼女の自宅は海田市でも最も北の端ににある丘延町にある、海までバスで20分程掛かるほど遠い事もあって幼少の頃より海に憧れていたから、海が一望出来るこの学校は気に入っていた。
 返して言えば彼女にとって、周りに気を使わなくてはならなくなった今では、それ以外には何の魅力もないと言えなくもない。
将来的に上京して名の有る大学受験可能な彼女には、この学校の学力レベルは低いけれども、ハナに掛けた事は一度もない、かと言って手を抜く訳にもいかず、実力通りの結果が出ることは自明であった。
 また、格下の学校に余裕で入った上にコケにされていると、相変わらず陰口を叩く生徒は少なくないがイジメに遇うことは無かった。色んな点で目立つし、何より彼女のからっとした人柄はその対象にするにははばかられたし、気配りを怠らない彼女を評価する生徒も多いという事なのだろう。
 さて、試験結果に一喜一憂するクラスメートをさりげなくフォローしつつ、その場を離れる未花子に廊下の端から手招きする少女が居た。
 未花子は自ら小走りで彼女に近づいてニッコリ笑って、声をかける、
「櫻ちゃんから声かけてくれるなんて嬉しいな、久しぶりね」
「ゴメンね、うち等から離れちゃってそれ以来……」
「ううん!いいのそんな事、どうかしたの?」
「ちょっと相談があるの」
「私が役に立つなら、いいよ」
唐突な、仲良しだった春日櫻の接近に驚きがらも、未花子は彼女の相談に付き合う事にした。
「ラブレターの代筆頼みたいの!」
「エエッツ?嘘」
櫻の頼みに天と地がひっくり返りそうな心地だった。