Translate

2つのシリーズのオマージュ

 かつて、集英社刊行のコバルトシリーズ文庫で”富島健夫さんのジュニア小説”を片っ端から熟読し、また日本TV界サスペンスドラマの金字塔を打ち立てた”火曜サスペンス”で真犯人探しに明け暮れた青春時代を捧げた?筆者。
 その膨大な作品群で描かれた人間の、ある時は未熟な少年少女のゆれる想いに心ときめかせ、また人間達のしがらみや欲望にゆらぐ心に胸熱くした想いを、オマージュとして書いた小説を公開しようと考えました。

2015年3月12日木曜日

7、勝算。

 遂にスーパーNからの二度目、最後のアタックが始まった。ここは道幅に比較的余裕があってゴール手前の魔のカーブまで広さが続く、相手は左からまくして来た。車輌の鼻先を突っ込まれそうになるのを、辛うじて絶妙なライン変更で侵入を許さない界矢。
 執拗な攻めにさっきとは別の意味での忍耐を強いられたが、遂に何とか最終コーナーを先行侵入し、そのまま一本目ゴール!界矢は逃げ切った。

 界矢がゴール後先に停止、相手はそのまますり抜け直ぐ先でクルッとターン、向き合う形になりお互いのライトで車体を照らした、相手のアクセルをリズミカルに踏むエンジン音が悔しそうに唸っていた。
 先行の界矢はハイビームにしていたため、相手の社内が見えたような気がしたが直ぐにパッシングしてきたので、気付いてロービームに切り替える。
 その後ゆっくり界矢の運転席側をスレ違っていく相手のハチロク、
「今度は絶対負けない!」
そう言われた様な気がして横を向く、運転席がスレ違う時に相手のウインドウが空いていた。
 慌てて界矢もウインドウを下げて声を掛けようとしたが、間に合わず、拒絶するように通りすぎてスタートポイントで止まり、ハイビームに切り替える。
 界矢はそれを二本目の合図と解釈し慌ててターンして、ピタリと真後ろに鼻先をくっ付ける挑発の意味もあるが、自分のテンションを上げる意味もあった。

 さあ!泣いても笑っても、最後の二本目だ、これが終われば全てが終わる、界矢はスッパリ公道バトルからは手を引くつもりだった、つまりこれが本当の卒業式なのである。
その後は、稼業を継ぎながらクローズドでのモータースポーツに力を注ぐと決めていた。
「絶対に勝つ!」


自分に勝つ意味を込めて声を出して叫んだ、間も無く先程とうって変わって不気味な程静かに二台は進んで行った。
 ホイールスピンを起こさずに確実に駆動輪である後輪を最大限グリップさせてのスタート、スピンさせるよりより高度な操作を要する。
しかしの地味さとうって変わってさっきより高速で第一コーナーを抜けて行く二台、視界のいい広幅コーナーへ抜けていく、往路の場合復路の時と違い右のダム側より左の崖は目立つように感じるために、若干抜きづらい心理的印象を受ける、しかし界矢は積極的に抜きに出る、
 彼は駆け引きより、自分の天性のリズム感に掛けていた。
「これで負けても悔いはない!」
そう覚悟を決めていた。
 この瞬間から、流れが少しずつ変わってくる、相手の気の休まる暇を与える間も無く界矢は攻めまくった、全体の距離を見切ったので、タイヤの負担がゴールまで持つと判断出来ていたからだ。
 相手もそうはさせまいと、界矢のラインを塞ぎにかかる、しかし往路で界矢はこれでもかと攻め立てた、どうやら相手はもう少し穏やかな展開を予想していたらしくて思わず、
「しつっこい!」
と初めて声を漏らした、後の公開された映像にハッキリと残っていた、この事が後で別の意味で騒ぎを残す。
 結局往路では界矢は逆転できずに折り返す、ターン時にも今度は界矢が逆ターンを仕掛けて結果かわされるが、相手は完全に動揺していた。
 この時から界矢は何か予感めいたモノを感じ始めていた、それは以前一度だけ感じた事がある感覚、

"ゼロ・ポイントへの予感"

だった、それは我慢を強いられる筈の見透しの悪い連続カーブの所で起こる、ガードが着いたり離れたりしている時、フワッとお尻が浮いたような、しかし固定され腰を中心に車が揺れるような感覚だった、思わず界矢は叫んだ、
「きたっ!これだ」
その時どの状態であってもアクセルを踏み増しできる気がするのだ、これは駆動がFRかMRでしか感じられない独特の感覚だった。
 実はこれには大きな罠がある、余りにも突然現れる為、初めてだと疑心暗鬼になってアクセルを踏むべきか?躊躇するのだ、しかしここでアクセルを緩めたら最後後輪の路面抵抗が不足してイッキに破綻、最悪の場合はコーナーに激突となり兼ねない。
 つまり踏むしか答えはない、でも只でさえ極限のバランスの中でそれを維持したままアクセルを踏むのは並の神経では出来はしない、つまり試されるのだ。

"お前は奮い立つ賢者なのか?"

そう何かが囁くのだ、それに真っ直ぐ向かって"イエス"と答える者のみが味わえる栄光である、当に界矢に何かが問い掛けていた、彼は自らの右足に全てを託してジリジリ踏み込んだ。
 その時奇跡が起こる、一本目で耐えなければならないと思い込んでいたコーナーを抜けて視界が開けた直後に、インに鼻先を突っ込んでいた界矢のハチロクが抜き出ていた、その立ち上がり加速の差は如何し難くなっていて、車体一つ分の差が出来ていた。
「勝った!」
界矢は心で小躍りしたのも当然でだった。
 既にもう最終ステージも道半ばを過ぎて常識的な勝負処はもう無い、相手が無謀なアタックをかけなければ界矢のほぼ勝利に思えた、しかし一瞬彼の脳裏に万が一のシナリオが浮かんだ。
 それは最後の魔のカーブにまつわる伝説、いや事実あった父が死ぬことになった忌まわしいシナリオ……、相手が自暴自棄になって無謀なオーバースピードで勝負を挑んでくるかもしれない、という恐怖。
 スーパーNは魔のカーブの意味を知っているのか?その答えは直ぐに判る、魔のカーブ手前数百メートルで二台は並んでしまったのだ、つまり相手のオーバースピードである。
 このままではどちらかが引かなければ最終コーナーは通れない、その時界矢は父の気持ちがハッキリと解った、峠を愛している!
 その時バックミラーに架けていた咲の御守りが目に入った、
界矢はどうしたのか?
鼻先一つ分下がったのである、そのほんのちょとの事で、狭いカーブを紙一重で二台が連なるようにコーナーを抜ける事が出来、そのままゴールへ消えていった。

 ゴールの先には順位通りに界矢が後ろに止まっていた。
「終わった」
 界矢は淋しく呟く様に言った、しかし気持ちは満足感で一杯だった、
彼は敗けを認めていた、でも最悪の事態を防いだ事に満足していたのだ。
 相手がターンしてまたゆっくり左舷に寄ってきた、ウインドが空いている、界矢も開けたら既に何かを話している、
「今の何引いたね?あれじゃあこっちの敗けじゃない!」
真横で止まった不満気な相手の顔を初めて見て界矢は驚いた、
「君……?!」

 その後、予定通りスーパーNは自身のブログで新たな伝説になるであろう最初で最後のバトルで撮影した社内映像を公開した。
界矢はそれを、K市のカートショップ、ガレージ・キットで咲と二人で初めて見たのだが、他の視聴者を含めてある同じ箇所で驚いた。
 それは、二本目の界矢がスーパーNを攻め捲った件で、
「しつっこい!」
と、初めてスーパーNの声を発した部分である、見た人の中でも耳を疑って何度もリプレイする者が続出したとか、しないとかで一時そこだけツイッターで盛り上がった程だ。
 咲も皆と同じ事を言った、
「スーパーNって女性なの?」
彼女の横でニコニコしながら、イタズラっぽい目で咲の瞳を覗き込んで、
「さぁね、それはご想像にまかせるよ」
「えっ?ウソー直接見たんでしょ、話しなさいよ!」
「スーパーNに止められてるから」
すると、咲の表情がまるで浮気した旦那を責める女房の様な怪訝そうな目になって、
「どうせ、美人だったんでしょ!目が眩んだなー?」
「はーっ? 何根も葉もないヤキモチを」
咲は我を失っていた、
「ヤキモチなんかじゃ無いよ! アナタみたいな変わり者はアタシ位しか相手にしてくれないの」
「わかったわかった、だから落ち着こう、ね?」
 後で咲から預かった御守りが、実は交通安全祈願では無くて、縁結び祈願の御守りだったという落ちがあった事を付け加えておくが、その後も暫く仲のいい喧嘩を続けていた、しかし最後まで界矢はスーパーNが女性だとは認めなかった。

 あの伝説のバトルを最期にスーパーNは姿を見せる事も無くなり、伝説バトルの映像だけが、今もYouTubeで見ることができるという。
だけどスーパーNが男か女かは誰一人として噂の域を出ず、永遠の謎としてやがて忘れ去られていった。


 それから何年か後のカート全国大会で、二人は方や大会主催者として、方や決勝進出チームの監督として再会する事になる、でも二人以外それに気づく事は無かったろう。

 それでよかったのだ。

END

0 件のコメント:

コメントを投稿