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2つのシリーズのオマージュ

 かつて、集英社刊行のコバルトシリーズ文庫で”富島健夫さんのジュニア小説”を片っ端から熟読し、また日本TV界サスペンスドラマの金字塔を打ち立てた”火曜サスペンス”で真犯人探しに明け暮れた青春時代を捧げた?筆者。
 その膨大な作品群で描かれた人間の、ある時は未熟な少年少女のゆれる想いに心ときめかせ、また人間達のしがらみや欲望にゆらぐ心に胸熱くした想いを、オマージュとして書いた小説を公開しようと考えました。

2015年3月12日木曜日

5、迷走

 界矢が自宅に着いたのは午後2時過ぎだった、工場は休みで誰も居ない、自宅内にも人気が無かった。母も姉も買い物にでも行ったのだろう。
 とりあえず事務室兼用で使っている居間に設置されたPCを起動してスーパーNの動きをネットで探してみた。
 操作は咲に教えてもらったので、それだけはできる、間も無く幾つか見つかった中で地元での情報を探すと、
「あった!やっぱり昨日こっちに来ていたんだ」
彼のサイトで動画を見る、
「スッゲー」
 地元、Kダム脇にある片道五キロ程の峠道を鮮やかな操作でクリアしていく車内映像に釘付けになる。
 カーブが多くて平均で10分前後かかるコースを9分07秒で完走していた、これは親友のトオルが言っていたこのコースのレコードタイムと比較して8秒以上早い事になる。
 今回車はSUBARU BRZを使用したらしい、高性能の最新車とは言え地元の走り屋のショックは大きいだろう、勿論界矢も例外では無かった。
 界矢は明日は登校日で遅刻しないかと迷ったが、闘志の方が勝って今晩の決行を決めた。
 しかしその夕方、彼にとって想定外の事が起こった。
 母と姉と三人で何時もの様に夕食を食べていると姉がTVを見て、
「嫌だ、今日これから雨だそうよ」
「えっ?マジ」
 界矢はお天気ニュースを食い入るように見た、それによるとこの地方の山間部を中心に、激しい雨が降るというのだ、よりによって今晩とは、残念ながら諦めるしかなかった。


 翌日昼頃には雨は止んだ、平野部はそれ程でも無かったが、山間部は相当の雨量だったらしい、日陰も多いのでコースコンディションが気になった。
 学校でトオル達とも話したが、数日は完全に戻らないとの結論から、暫く走行は出来きず、予定の目処も立たなかった。

 そんな話が出て、界矢は仲間と別れた後自宅の修理工場前を横切る、丁度一仕事終えた小暮さんが、手を拭きながら界矢に話しかけてきた、
「K市へ行ってきたんだって?」
「うん、情報が欲しくて」
「伊戸代か岸本に会ったのかい?」
小暮さんは粋なり核心にせまった、
「伊戸代おじさんに会いました」
「奴は元気だったかい?」
「うん、一晩お世話になったしね、処でその岸本さんの息子の事何か知らない?」
「岸本の息子?知らんな、娘は居たと思うんだが、その子供がどうした?」
「伊戸代おじさんは、いまこっちで峠アラシをしてるスーパーNが、彼の子供じゃないかって」
「面白い話だが、どうしてこっちヘ?」
「全国の峠コースのレコード塗り替えを目指してるらしくて、今回こっちに来ていたんだ」
「界矢君がそれに対向しようとしてるんだ、益々オモシロいね皐月さんには内緒で全面協力するよ」
「小暮さんにそう言って貰えると百人力だよ、母さんには心配かけたく無いし」
「でも私が言えた義理じゃないが、今の時代は、公道はお薦め出来んがね」
「うん、スーパーNとの一本勝負だけ」
「解った、皐月さんを悲しませ無いと約束できるね?」
「それだけは約束するよ」

 小暮さんと別れて工場奥の入り口から宅内に入る、台所へ行ってお茶をコップ一杯イッキ飲みした、
「ふーっ」
 界矢は季節に関係なく学校から帰ると必ずこうして一服していた、気持ちを切り替える意味もある。
 そうしておいて思い更ける、
「明日で卒業か」
出来ればスーパーNとは決着着けて卒業したかったが仕方ない、後で交渉するしかないだろう。
 いよいよ高校卒業を迎えると思うと感慨深い、工場で電動レンチのかしむ音が聞こえる、その音に気をとられていたら、いつの間にか姉が後ろに居た。
「聞いちゃった」
「わっビックリした、なに?」
「小暮さんとの密談」
「へっ?あー母さんには内緒にしてよ」
「出来ないね。お母さんが公道バトル禁止してるの知ってるでしょ?」
「そうだけど、どうしても負ける訳にはいかないんだ」
「ふーっ、あなたお母さんが何で禁止してるか解ってるの?」
「ああ、親父が交通事故で亡くなったからだろ?」
「そうだけど単に町中で轢かれただけなら止めないわよ」
「どういう事?」
「そうか。聴いてないんだね」
 姉は、父大輔が亡くなった経緯を話してくれた。

 当時、父は自分の経験と技術を生かして自動車修理業と、公道チューンも手掛けていた。これは地元のモータースポーツ発展を願っての事だ。
 利益は余り出なくとも善かれと続けて問題も無くしばらく順調だったが、やがて地元中にある問題が噂される、それはルールを守った走り屋が大半の中でそれを省みない集団が出てきた事であった。
 次第にそのグループがあちこち姿を見せるようになる。悪いことに彼らは地元の名を冠して遠征を始め、遂に峠荒らしの代名詞の様に悪名は一気に全国に知れわたってしまった。
 彼らの遣り口は勝てれば何でも有りという無謀なもので、地元の関連業者も心を痛めていた。
 そんな中、心を痛めていた一人でもある界矢の父大輔と小暮も何とかしなければと行動に移し大輔は彼らに接触を試みて、心を入れ換えさせるべく交渉をとりつける事に成功した。
 地元では当時大輔は伝説の走り屋のとして知らぬ者は居なかった、その彼が封じていた峠バトルに応じると言う異例の交渉である。
 ただのバトルでは無くどうやら、大輔と一回限りの勝負をして大輔が勝ったら無謀な走りは止めるという条件を飲んだらしい。
 関係者は祭りの様な大騒ぎになった。経緯はどうであれ、伝説の復活と持ち上げられて全国の関係者にもその話題は広まった。

「俺、そんな話知らなかったな」
「あなたはカートの全国大会の事で頭いっぱいだったでしょ?」
「でも、その峠荒らしと親父の峠バトルが交通事故とどう結びつくのさ?」
姉は、その結末への話をし出した。

 夕食もソコソコにその夜、界矢は一人部屋に閉じこもっていた。
 彼のあたまの中は混乱していた。

父の死んだ理由

 姉が言うその本当の事を知った界矢は、この先自分はどういう道を進むべきか、判らなくなっていた。
 彼が姉から聞いた話をする前にまず、その舞台になった場所を理解して頂いた後で進めたい。

゛魔のカーブ゛
 現在その地元の峠にそう呼ばれる最終コーナーがある。
往復で競うようになってからそのコーナーはそう呼ばれる事になるが、まず往路は低速スタート直の第一コーナーなので何ら問題はない、しかしそこは復路では意味を一変するコーナーとなる。
 抜く最後のチャンスになるのだ、なので場合によっては手前ストレートで並んだ時熾烈な攻防になる、しかしこのコーナーは一台しか通ることを許さない。
つまりどちらかが譲らないと、悲惨な結果が待っている、お互い譲れない状態でここに差し掛かる時、魔のカーブは恐ろしい牙をむくのである。

 父は彼らと一度だけその魔のカーブがある地元コースでバトルした。彼らが先行、父は後追いでスタートし順調に前半まで順位そのままで折り返した。そして後半、父は安全な道幅がある見透しのいいS字カーブで抜きに出て遂に一旦は並んだ。一方そうさせまいと彼らは妨害に出る、魔のカーブ手前でドリフトを掛けてきたのだ。相手は車体を斜めにして道幅の三分の二を塞いだ状態だが、車幅一台分ギリギリの隙間を父は頭半分抜け出したのだ。
 車同士の隙間は五センチ無かったろう。
 最終コーナーが迫ると慌てたのは彼らで、ぶつかると錯覚してしてパニクった。少しだけだがステアを左に切り増ししたため、リアがガードに接触してその反動で父の車側部に接触、二台はブレーキをかけながらコーナーへ突っ込んだ。
 その結果、彼らの車はガードとの摩擦で何とか止まったが、父の車は最期まで彼らを止めようとしたためスピードオーバーでガードに激突して止まった。

 悲惨な現場だった。その場に残された青年は暫く何も出来なかったという、我に返った時には父は動けない状態にも関わらず、
「お前は悪くないただ二度とするなよ」
とだけ言ったそうだ。
 その後救急車で運ばれたが、その車中で息を引き取った。そして車中で最期まで、相手に非は無いと言っていたという。
 その後彼らは、父の言葉が信用されて逮捕はされなかったが、一切の走りから足を洗ったという。

 父は最期まで峠を愛していたのだろう。前向きに見れば父らしい死に様かもしれないが、それを急には受け入れる事などできる筈もなく、激しい慟哭の中で葛藤を続ける界矢。
 それを聞いた晩彼は、明日は卒業式だというのに眠れる訳もなく時計は一時を廻っていたが寝むれず、その一夜を過ごした。

つづく

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